【新展示】万博イタリア館【日本初公開】ラファエロの師・ペルジーノ《正義の旗》を徹底解説

EXPO2025
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大阪・関西万博で、ひときわ熱い視線を集めるのがイタリア館です。連日6時間以上もの待ち時間が発生し、その人気ぶりは他のパビリオンを圧倒しています。

その理由は、時代を超えたイタリアの至宝たちにあります。これまで、カラヴァッジョの《キリストの埋葬》ミケランジェロの《復活のキリスト》《ファルネーゼのアトラス》といった傑作が特別展示されてきました。

そして今回、イタリア館が新たに発表したのは、ルネサンスの巨匠ペルジーノの《正義の旗》です。この傑作が日本で初公開されるという、まさに驚きのニュースが飛び込んできました。

本記事では、この《正義の旗》がどのような作品なのかを徹底解説します。長蛇の列に並ぶのが難しい方も、この記事を通して作品の魅力に触れ、万博をより深く楽しんでいただけたら幸いです。

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ペルジーノという画家_三大巨匠ラファエロの師匠?

ピエトロ・ペルジーノ

Pietro Perugino
生没年: 1446年頃 – 1523年
イタリア・ルネサンス盛期を代表する画家、「ウンブリア派」の確立者

ラファエロの師であり、その優美で調和の取れた画風で知られる。静謐な風景と端正な人物表現が特徴で、ルネサンス期の古典的な様式を確立した。

主な代表作
《鍵の授与》(システィーナ礼拝堂、ヴァチカン市国)
《聖セバスティアヌス》(ルーヴル美術館、パリ)
《ピエタ》(ウフィツィ美術館、フィレンツェ)

ペルジーノは、ルネサンスの三大巨匠の一人であるラファエロ・サンティの師として、美術史にその名を刻んでいます。ヴァザーリによると、11歳になる以前※のラファエロは彼の工房に入門したといいます。ラファエロ作品のうち、1494年ごろから16世紀初頭にかけてはペルジーノ作品の影響を感じることができるのです。

※ ルネサンス時代の記述は殆どがジョルジュ・ヴァザーリの記述に頼るところがあります。しかしヴァザーリの書いた史書は正確でない部分もあります。11歳というのは父親がなくなる以前の年齢です。
ヴァザーリいわく、父がラファエロの才能を見出し、地元ウルビノではなく遠方ペルージアまで訪れ、ペルジーノの工房に入門したとあります。書籍によっては「ラファエロはペルジーノに正式に師事したことがあるとは定かではない」と表記されていたりします。
しかしラファエロ初期作品がペルジーノ工房の影響を受けていることは数多く指摘されています。
ペルジーノとラファエロ初期作品を比較してみよう
ペルジーノ『聖母被昇天』1500年頃パネル上のテンペラ画
ラファエロ《モンドの磔刑》1502-03年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵

「似てる」と言われても現代のわたしたちにはあまり違いがぱっとわかりませんよね。確かに画面を縦に二分している構図、中央上に主題を配置し、見上げるように描いています。それでも、まあ言われてみれば…という感じですよね。

そこで今回はより直接的な、パクったやろポイントを並べました。

ペルジーノの聖母の横にいる天使たち、そしてラファエロが描いたキリストの隣の天使たち。どこか似ているような。

さらに画面下側の人々の表情はとても酷似しています。ペルジーノ工房で直接みた絵画表現を若きラファエロが吸収したのだろうというのが伝わりますね。

ペルジーノは本名ではない?地名だった?_師匠の略歴

ルネサンス期の芸術家は、その多くがあだ名で呼ばれています。そもそもそれ以前、中世の時代は職人が作品に名を刻んでのこすような時代ではなかったですしね。あのレオナルド・ダ・ヴィンチがあだ名だったというのは良く知られていますが、出身地や活躍した地で呼ばれることも少なくありませんでした。

本名をピエトロ・ヴァンヌッチ(Pietro Vannucci)と呼びますが、ペルージャ近郊のチッタ・デッラ・ピエーヴェに生まれたこと、ペルージャで活躍したことから、「ペルージャの人」という名で親しまれていました。

1446年頃に生まれたペルジーノは、1466–1470年(推定)にフィレンツェのヴェロッキオ工房で見習いをしていたといいます。ヴェロッキオ工房といえば、1460 年代半ばにはレオナルドも入門した場所です。史実どおりであれば、レオナルドとペルジーノは同時期におなじ工房で働いていたことになりますね。

フィレンツェから地元ペルージャへ戻ったペルジーノは、その才能を遺憾なく発揮します。地元に戻った頃に着手した大きな仕事がこちら。

ピエトロ・ペルジーノ《賢者の礼拝》1470–1473 または1476年(木にテンペラ)ウンブリア国立絵画館

右側には、聖ヨセフ・聖母マリア・キリストが誕生を象徴する小屋の中に描かれています。左側には、イエスの誕生に駆けつけた賢者と混雑した行列。それらを後期ゴシック芸術にみられるスタイルで描いています。

教皇庁から最高位の依頼を受ける
鍵の配達 フレスコ画、1481–1482、 システィーナ礼拝堂、 ローマ

その後ローマに招聘され、システィナ礼拝堂のフレスコ画を担当することになりました。システィナ礼拝堂ということは、教皇庁による最高位の依頼にあたるのです。ペルジーノがフレスコ画を描いた1481年頃、教皇シクストゥス4世は、当時の美術の中心地であったフィレンツェから、サンドロ・ボッティチェッリドメニコ・ギルランダイオコジモ・ロッセッリといった一流の画家たちをローマに招聘しました。ペルジーノもその中に含まれており、これは彼が当時、フィレンツェの巨匠たちと肩を並べる存在として広く認められていたことを示しています。

ダイナミックなフィレンツェ派/静謐なペルジーノの流派

しかし、ペルジーノの功績はそれだけにとどまりません。彼はフィレンツェの劇的で力強い表現とは一線を画し、静けさと調和を追求しました。そのスタイルは、イタリア中部ウンブリア地方の穏やかな風景と結びつき、「ウンブリア派」と呼ばれる独自の芸術を確立しました。

『ガリツィン三連祭壇画』1485年頃 ナショナル・ギャラリー (ワシントン)収蔵

イタリア館の新展示は国外初公開!《正義の旗》とは?

公式Xより

さて、本日の目玉《正義の旗》Gonfalone della Giustiziaについてみてみましょう。
8月31日公開のXでは、万博会場イタリア館でのお披露目がなされました。一体これは何が描かれているんでしょうか?

制作年である1496年というと、前述したラファエロが工房に訪れた頃であり、ローマ招聘での大仕事を終え、人気が最高潮に達していた時期の作品です。所蔵はウンブリア国立美術館ですが、ウンブリアといえば、前述した「ウンブリア派」が開花土地でもあります。

なぜ「旗」というタイトル?_正式な儀式に使うための作品だった?

キャンバスに油絵で描かれたこちらの作品、なぜ「旗」という名前なんでしょう?
じつはこれ、実際に「旗」として作られたんです。

今回万博にて《正義の旗》と邦題がつけられましたが、原題をそのまま訳すと《Gonfalone della Giustizia(正義のゴンファローネ)》となります

wikipesdiaよりゴンファローネ
《正義の旗》の「旗」は、特別な旗「ゴンファローネ」のこと!
オルティセイの旗手、ロザリオの聖母マリアの旗を掲げて

ゴンファローネの役割はいくつかありますが、特にルネサンス期に都市や教会、信徒会がシンボルとして行列で掲げた、宗教的な絵画が描かれた旗を指します。布に横棒を指して掲げるものですが、当時はキャンバスを使用されたものもあったようです。

宗教行列で掲げられることで、共同体の信仰心や結束を視覚的に象徴しました。描かれた聖母や聖人たちは、人々の守護者として崇敬されました。

何が描かれている?_登場人物紹介

ピーター ペルジーノ:《正義の旗》1496年ペルージャ、ウンブリア国立美術館

この作品の画面は二つの領域に分かれています
上部には、聖母マリアと幼子イエスが、熾天使(セラフィム)と踊る天使たちに囲まれて描かれています。伝統的な聖母子像の図ですね。
一方、下部には、アッシジの聖フランチェスコと聖ベルナルディーノが、頭巾をかぶった信徒会のメンバーを含む様々な信者たちと共に祈りを捧げています。2人の聖人はどちらもカトリック教会の修道会であるフランシスコ会の聖人でした。

ペルジーノ《正義の旗》詳細

この絵画は、元々聖ベルナルディーノ信徒会(後に正義信徒会と合併)から依頼されたもので、行列用の旗として使われることを意図していました。そのため、作品は強いアイデンティティを象徴する意味も持ち、背景に描かれたペルージャの街並みがそれを際立たせています。当時の街に豊富にあった城壁の門や塔の家々、プリオーリ宮殿、サン・ロレンツォ大聖堂の鐘楼、そして廃墟となったサンタ・マリア・デイ・セルヴィ教会などを細かく見て取ることができるというのです。

国外初公開となる巨匠の全盛期の作品が日本に!

現在本作は、ウンブリア国立美術館に所蔵されています。

ルネサンス時代、教皇庁から命を受けるほどの芸術家が、もっとも人気を博していたときに描いた名作が、なんと日本に初上陸。なかなかイタリア館に行くハードルも上がってしまいましたが、ぜひ拝んでみたい名品です。

【今日のポイント】
・国外初上陸の名品が大阪・関西万博へやってくる
・作者のペルジーノの工房には、三大巨匠ラファエロもいた
・教皇庁からの招聘から帰り、人気絶頂の頃の作品
・《正義の旗》とは「正義のゴンファローネ」のこと

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