世界を魅了した“色彩の魔術師”―「髙田賢三展 パリに燃ゆ、永遠の革命児」姫路市立美術館にて開幕

展覧会レポート

白く美しい姫路城を背に、春の陽気に包まれて向かったのは、姫路市立美術館。国内外で愛されたファッションデザイナー、髙田賢三の没後初となる大規模な回顧展が、ここ姫路の地で開幕しました。その名も「髙田賢三展 パリに燃ゆ、永遠の革命児」。生まれ故郷での開催は、彼を愛する多くの人々にとって、特別な意味をもつ展覧会です。

初の姫路城に私も期待で胸を躍らせていました。例年この時期はもう桜は散っているそうなのですが、今年は丁度サクラが本展開催を待っていたかのように開花してとても綺麗

姫路城

髙田賢三とは何者だったのか?

1939年、兵庫県姫路市に生まれた髙田賢三は、幼少期から絵を描くことが大好きな少年でした。戦後の日本でファッションが一大ブームとなるなか、彼は文化服装学院へ進学。まだ“ファッションデザイナー”という言葉すら浸透していなかった時代に、「装苑賞」を受賞してその才能を早くから認められます。

その後、たった一人でパリへと渡り、異国の地でゼロから自らのブランドを立ち上げたのが1970年。当時、西洋中心の価値観が根強かったパリのモード界において、東洋の感性を大胆に取り入れたデザインは新鮮な衝撃をもって迎えられました。木綿素材に新たな魅力を与えたことで「木綿の詩人」と称され、また独特の色彩感覚とパターンの組み合わせによって「色彩の魔術師」と呼ばれるようになります。

KENZOブランドの創始者として、彼が打ち出したのは単なる“服”ではありませんでした。直線裁ちや着物袖など、日本文化に根差しながらも、自由でのびやかなシルエットは、体型や性別、国籍を超えて「着ることの楽しさ」を解放していきました。文化や常識の枠を軽やかに飛び越え、世界中の人々に“自由な装い”を届けた髙田賢三は、まさにファッションの革命児であり、今なおその精神は多くのクリエイターたちに受け継がれています。

姫路市立美術館の不動美里特任館長は「賢三が生まれ育った姫路の地でこの回顧展を実現できたことは何よりの誇り」と語られていました。

最初に案内されたのは無料エリアのコレクションギャラリー。ここでは、高田賢三の人生を追ったタイムラインや、宝塚歌劇団への衣装提供時のスケッチが展示されており、彼の足跡を幅広く知ることができます。特に印象的だったのは、「子供からお年寄りまで皆に、特に若い世代にも知ってほしい」という想いから、あえてこのセクションを無料としたということ。その心意気にも感動しました。

無料セクションに展示された衣装とスケッチ

クリエイティブ・ディレクターの佐々木勉さんは宝塚の衣装を手がける際の裏側を教えていただきました。「なぜ黒髪を染めるのか」と問うたと当時を振り買っていました。パリで活躍された日本を代表するモデル・山口小夜子さんを間近で見てきたからこそ、黒髪の美しさをあつく伝えていたのです。結果、衣装と調和する見事な舞台が完成し、そこには“日本人としての美意識”を貫いた髙田の強い想いが息づいていました。

KENZOコレクションのライブ感

展示室に足を踏み入れると、そこはまるでショーの舞台。ランウェイのような展示空間、当時の空気感を演出する上部のバナー。ショーケースに飾られたコレクションがずらりと並びます。

展示は大きく3つのセクションに分かれ、それぞれを70年代、80年代、90年代のコレクションが抜粋されていました。

展示の全体風景。手前から70年代作品

最初のセクションは暗い正面から始まります。ショーが暗転から始まることをイメージされているということです。そんな暗さにも負けない華やかな70年代のコレクションでは、目が覚めるような色彩と、身体の解放をテーマにしたデザインが並びます。当時のままのマネキンを使用しているという細やかな演出にも注目です。

当時はツイッギーのような線の細い子が人気でしたしね。この時代のルックは本当にジュエストが細い!

1971−72aw ドレス、シャツ、帽子(文化学院ファッションリソースセンター)
1971ssブラウス、サロペット(文化服装学院ファッションリソースセンター)

80年代には、各国の民族衣装にインスパイアされた「フォークロア」や「ロマンティック・バロック」、「ニューカラー」など、より多彩で実用的なデザインへと進化していきます。展示には、イッセイミヤケに影響を受けたワイヤーマネキンも使用されており、時代ごとの変化と挑戦が感じられました。

1979-80aw ジャケット(KENZO PARIS)

不意に目を引くのが、まるで着ぐるみのような異色の衣装。一見すると「本当にこれがパリコレ?」と思ってしまうようなユニークなデザインですが、実はそこにはある童話から着想を得た、詩的で深い背景がありました。

髙田賢三が蚤の市で偶然出会ったのは、フランスの詩人シャルル・ペローによる童話集。その中に収められていた一編「ロバの皮(Peau d’Âne)」に心を奪われた彼は、そこからインスピレーションを受けて、コレクション全体を物語仕立てで構成します。

「ロバの皮」は、王の求婚から逃れるために王女がロバの皮をかぶって姿を隠すという、大人の寓話。髙田はこの寓話の「逃避」や「変身」といったテーマを、ファッションに置き換えて表現しました。展示されていた衣装は、まさにその王女が森の中に身を隠すシーンを表現したもの。現実と幻想が交錯するような世界観の中に、衣服を通じた物語性が凝縮されています。

クリエイティブ・ディレクター 佐々木勉さん

展示の中盤で紹介されていた「ブルーオーバースカート」は、一見すると奇抜で仮装のようにも見える衣装。しかし実はこの作品には、髙田賢三ならではのユーモアと戦略、そして“パリへの貢献”が込められていました。

佐々木勉さんによれば、このコレクションは当初あまり売れ行きが芳しくなかったそうです。しかしこれは販売とは別のアプローチを象徴しているのです。この時代、催し物をするようになり、このスカートルックも“仮装パーティー”の時のもの。ショーの後すぐ解散してしまうメディアやバイヤーが、これをきっかけにパリに居残ってくれる。結果、パリ市内のホテルやレストランといった産業が潤い、長く滞在することで経済全体が活気だったと言います。単なるデザイナーとしてではなく、都市・パリに経済的貢献をもたらした髙田賢三。その功績は高く評価され、国から2つ、市から3つの勲章を授与されたといいますから凄いですね。

「日本人として初めてパリでショーを開催した」だけではない——これは単なる一着の服以上の意味を持っていたのです。

1979−80aw ブルーオーバースカート(KENZO PARIS)
当時の様子を写す上部バナー

圧巻のリボンドレス

展覧会の中でもひときわ目を引くのが、色とりどりのリボンで仕立てられた幻想的なウェディングドレス。1982年秋冬コレクションで発表され、1999年の「30ans(トランタン)」ショーで山口小夜子が着用したこの一着は、髙田賢三の美意識と職人魂が凝縮された“集大成”とも言える作品かもしれません。

素材となったのは、髙田が約20年かけて世界中から集めてきたリボン。それぞれ異なる色や質感、刺繍が施されたリボンの数々は、まるで彼が旅先で拾い集めた記憶の断片のようでもあります。

コレクション直前、予定していた衣装数が足りないことが判明し、急遽ドレスを追加する必要に迫られます。そこで今まで集めたリボンを 集め、1本1本のリボンを床に並べ、配置や色のバランスを何度も検討し直しながら、まるでパズルを解くように布へと昇華させていきました。

1982-83aw リボンドレス(KENZO PARIS)

佐々木さんは、「最初に並べたときが一番綺麗だったんです。でも、どうやって縫うか考えてなかった(笑)。結局、一度やり直して、最初の美しさを再現するために試行錯誤した」と振り返ります。即興性と緻密さのあいだを行き来しながら完成したこのドレスなんですね。

ウェディングドレスという“特別な日”を彩る衣装に、自身の歩んできた時間や文化の記憶、そして手仕事への情熱を注ぎ込んだ髙田。その姿勢は、観る者の胸に深く残る感動を与えてくれます。

1994 姫路市立美術館

90年代セクションでは、姫路市で開催された「キャスティバル’94」で披露された貴重な衣装群。どの作品にも、ユーモアと情熱が息づいています。

高田賢三×隈研吾 の邸宅

最後のエピローグでは、高田賢三の邸宅が再現され、私生活の一端を垣間見ることができます。建築家・隈研吾によるリノベーションにも注目。そこには仕事の場を離れてもテキスタイルを愛し、世界中の布を集めた彼のもう一つの顔がありました。

1分の1スケールで再現された室内
コレクションしていた世界中のテキスタイル

最後に

2020年、高田賢三さんはコロナの合併症によりこの世を去りました。しかし本展は、決して彼の過去を静かに振り返るためのものではありません。賢三さんが生涯をかけて築いた“夢”を、次はあなた自身のものにしてほしい――そんな思いを込めて、この展覧会は企画されたといいます。

その言葉に、私は深く心を動かされました。

過去の偉人としての高田賢三ではなく、その思いや意志は今を生きる私たちに託されている。展覧会に足を運んだ一人一人が、その想いを受け取り、紡いでいく。まさに彼が“永遠の革命児”と呼ばれる理由は、ここにあるのかもしれません。

永遠に続く高田賢三の精神。自由に夢を抱き、それを形にしていく力。彼の作品や生き方には、そんな前へと進むためのエネルギーが満ちていました。展覧会を後にした私は、まるで「自分にもできるかもしれない」と背中をそっと押されたような気持ちになりました。

あなたも、きっとそう感じるはずです。

大阪・関西万博記念事業「高田賢三展 パリに燃ゆ、永遠の革命児」
2025年4月12日(土曜日)〜7月21日(月)

開館時間:10:00〜17:00(入場は16:30まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌平日に閉館)
観覧料:一般 1,500円(1,300円)、高校・大学生 1,100円(900円)、小・中学生 800円(600円)
※( )内は20名以上の団体料金

姫路市立美術館

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