アレスとは?眠るマルス、休む戦神を5つの美術作品から読み解く

戦神の素顔:アレスとマルス

兜をかぶった男が、頬杖をついて座っている。筋肉はたくましいのに、戦いへ向かう勢いがない。ベラスケスの《マルス》を前にすると、戦神を描いた絵にも、こんな静かな時間があるのかと気づく。

ギリシャ神話のアレスは戦争の神で、ローマのマルスと同一視された。父ゼウスに叱責される物語がある一方で、古代には信仰の対象でもあった。その姿は、勝利する戦士だけではない。眠り、休息、愛、平和との対比によって、戦争を考えるための存在にもなった。

ここでは神話と5つの美術作品をたどり、アレス/マルスの「戦っていない姿」を見ていこう。

この記事はAIが執筆しています。

この記事でわかること
・アレスの系譜と、ホメロスが描いた戦神の失敗
・眠るマルス、休むマルス、平和に押し戻されるマルスの見方
・ギリシャのアレスとローマのマルスを単純に比較できない理由

Ares

戦いの神

アレス

ゼウスとヘラの子とされる戦神。美術では戦闘だけでなく、眠りや休息の姿でも表される。
ギリシャ名:アレス(Ares)
ローマ名:マルス(Mars)

アレスとは——ゼウスとヘラの子である戦神

アレスはオリュンポスの神々の一柱。ヘシオドス『神統記』では、ゼウスとヘラの子とされる。また、アフロディテとの間にフォボス、デイモス、ハルモニアが生まれたと語られる。恐怖や戦慄を表す子どもたちとともに、調和の名を持つハルモニアも系譜にいる。

ゼウスとヘラの子アレス。アフロディテとの子はフォボス、デイモス、ハルモニア。
アレスの相関図(イラスト:当ブログ制作)

戦いに関わる神にはアテナもいる。物語や図像を読むときには、アレスの激しい戦闘と、アテナの知恵や都市を守る働きを対比すると理解しやすい。ただし、「アテナはよい戦争、アレスは悪い戦争」と固定すると、個々の物語の複雑さが失われる。どちらの神も、実際の神話では戦場に立つ。

系譜の出典:ヘシオドス『神統記』921行以下・933行以下。神々の関係を俯瞰するには、ギリシャ神話大全も参照してほしい。

傷つく戦神——『イリアス』と『オデュッセイア』のアレス

『イリアス』第5歌では、アテナの援助を受けたディオメデスが、槍でアレスを傷つける。アレスは父ゼウスへ訴えるが、争いを好む性質を叱責される。人間が神を傷つける逆転は、アテナの介入によって生じた。

『オデュッセイア』第8歌では、アレスとアフロディテの密会が、夫ヘパイストスの仕掛けた拘束具に捕らえられる。武力を持つ神が、職人の技に敗れる場面だ。

原典:『イリアス』第5歌846行以下・888行以下、『オデュッセイア』第8歌266行以下。

物語と信仰を分ける
叙事詩の中で神が叱られたり笑われたりしても、古代の人々がその神を信仰しなかった証拠にはならない。

古代彫刻のアレス——立つ身体と休む身体

《ボルゲーゼのアレス》——兜をかぶった若者

兜をかぶり、片脚に重心を置いて立つ大理石のアレス像
《ボルゲーゼのアレス》、前1世紀〜後1世紀半ば、大理石、ルーヴル美術館。写真:Marie-Lan Nguyen / Wikimedia Commons、CC BY 2.5。縮小・メタデータ除去。 画像出典 / 利用条件

ルーヴル美術館の《ボルゲーゼのアレス》は、兜をかぶった裸体の若者が立つ大理石像だ。肩から脚へ視線を動かすと、武器の威圧感よりも、身体の均衡が強く印象に残る。戦神は、暴力的な表情だけで表されるわけではない。

所蔵館の台帳は、像の年代を前1世紀から後1世紀半ばの範囲に置いている。前5世紀末のアルカメネスの原作にさかのぼるという見方には疑問符が付され、アウグストゥス時代の創作とする説も記載される。「前430年の原作を2世紀に模刻した」と一つに決めず、制作と同定の議論がある像として見たい。ルーヴルの作品台帳

《ルドヴィジのアレス》——足元のエロスに目を向ける

座って休むアレスと足元の小さなエロス
《ルドヴィジのアレス》、ローマ時代の大理石像(近世修復を含む)、ローマ国立博物館パラッツォ・アルテンプス。写真:Marie-Lan Nguyen / Wikimedia Commons、Public Domain。 画像出典

ローマ国立博物館パラッツォ・アルテンプスの《ルドヴィジのアレス》は、座って休む戦神を表す。手には剣を持ち、足元には小さなエロスがいる。戦争の道具と愛の神が、同じ彫刻の中で近接している点が見どころだ。

この作品は近世の修復も経ている。博物館の解説によると、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニが剣の柄、鼻、手、エロス像などを修復した。今見ている形を、すべて古代のままと思い込まないことも大切だ。静かな姿から「愛が戦いを休ませる」と読むことはできるが、特定の後世の絵画に直接影響したとまでは断定できない。博物館の解説冊子、40〜42頁

ボッティチェリ《ヴィーナスとマルス》——武器が玩具になる

サンドロ・ボッティチェリ《ヴィーナスとマルス》
サンドロ・ボッティチェリ《ヴィーナスとマルス》、1485年頃、ロンドン・ナショナルギャラリー。National Gallery / Wikimedia Commons。Public Domain。 画像出典

ロンドン・ナショナルギャラリー所蔵、1485年頃の《ヴィーナスとマルス》。右側のマルスは眠り、左側のヴィーナスは目を覚ましている。その間では小さなサテュロスたちが、大きすぎる兜をかぶり、槍を運び、貝殻を耳元で吹いている。

戦うための道具が、ここでは遊びの道具へと変わっている。槍の横方向の線に沿って視線を動かすと、眠る男の力強い身体と、いたずらをする小さな身体が対比される。武力の大きさと、その場を支配している力は一致しない。

スズメバチは画面の右端、マルスの頭のそばの木にいる。イタリア語の蜂を表す語とヴェスプッチ家の名を結びつける説があるが、注文主を確定する手がかりとはいえない。まずは、貝の音や蜂にも起こされない眠りを、目を開けたヴィーナスと見比べてみよう。

年代・技法・解釈の参照:ナショナルギャラリー作品解説。

ルーベンス《平和と戦争》——画面の外へ押し戻される戦神

ミネルヴァがマルスを押し戻し、パクスと子どもたちを守る
ピーテル・パウル・ルーベンス《ミネルヴァがマルスから平和を守る(平和と戦争)》、1629〜30年、油彩・カンヴァス、ロンドン・ナショナルギャラリー。National Gallery / Wikimedia Commons、Public Domain。 画像出典

ルーベンスの《ミネルヴァがマルスから平和を守る(平和と戦争)》(1629〜30年、ロンドン・ナショナルギャラリー)は、外交と結びついた作品だ。スペイン王フェリペ4世の使節として英国へ赴いた画家が、チャールズ1世に贈った。

中央のパクスは平和を表し、ケレスとも重ねられる。子どもたちへ豊かさを分け与える一群の背後で、兜姿のミネルヴァがマルスを押し戻している。知恵の女神が境界をつくり、その内側を平和の領域にしているのだ。

戦神を見つけるには、人物同士の力の向きを追おう。豊かさへ集まる身体と、それを脅かす身体。その配置が画面の主張を生み出している。

作者の外交活動と図像:ナショナルギャラリー作品解説。

ベラスケス《マルス》——頬杖をついた神をどう読むか

プラド美術館所蔵、1638年頃の《マルス》へ戻ろう。男は装飾された兜をかぶり、頬杖をついてこちらを見る。腰に巻かれた青い布、座面から垂れる赤みのある布、床に置かれた武具。戦場の広がりはなく、ほぼ一人の身体で画面が満たされる。

手にする棒状の持物を、ただちに槍と決めつける必要はない。むしろ、頬を支える手と、下へ伸びる腕の落ち着いた方向に注目したい。武器や兜が神の名を示す一方、姿勢は身近な人間を思わせる。

ディエゴ・ベラスケス《マルス》
ディエゴ・ベラスケス《マルス》、1638年頃、プラド美術館。Wikimedia Commons。Public Domain。 画像出典

この絵は、王室の狩猟用施設トーレ・デ・ラ・パラーダの1701〜03年の目録に記録される。プラドは、同施設の神話や古代文学を主題とする作品群の文脈から、意味を考える必要があるとしている。三十年戦争の疲弊を重ねて見ることは一つの鑑賞だが、それを作者の確定した反戦メッセージとして説明するのは慎重でありたい。プラド美術館作品解説

神話の評価と、信仰の役割を分けて見る

「ギリシャでは嫌われ、ローマで初めて尊ばれた」という二分法にも注意したい。パウサニアスはアテネのアレスの聖域を伝えている。一方、ローマのマルスはロムルスとレムスの父とされ、建国を語る役割を持つ。『ギリシア案内記』1.8.4など、メトロポリタン美術館の解説。

美術館で戦神を見つけたら、兜だけでなく、隣の人物と身体の向きも追ってみよう。アフロディテ/ヴィーナスがそばにいるか、戦う力が眠りや愛によってどう変わるか。神の名前から一歩先へ進む手がかりになる。

ギリシャ神話大全で神々と英雄の関係を見る

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