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有名人にまつわる噂や都市伝説は、時に本当以上に広く信じられてしまうことがありますよね。そして、絵画界で最も有名な存在──レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナリザ》にも、そんな“尾ひれのついた真実”がたくさんあるのです。
今回は、ルーヴル美術館公式コレクションの日本語訳をベースに、《モナリザ》にまつわる5つの謎を紐解いていきます。YouTube動画ではより詳しくお話しているため、ぜひ合わせて御覧ください。
1. モナリザって、本当は“意外と大きい”?
ルーヴル美術館でモナリザを見た人の多くが口にするのが、「思ったより小さかった」という感想。でも実は、モナリザのサイズは縦77cm×横53cmと、当時の一般的な肖像画としては決して小さくないのです。むしろ、レオナルド・ダ・ヴィンチの現存する肖像画の中では最大の作品です。たとえば、同じくルーヴルにある《ラ・ベル・フェロニエール》は63×44cm、ポーランドに所蔵されている《白貂を抱く貴婦人》は55×40cmと、モナリザより一回り小さいサイズ。
ではなぜ「小さく感じる」のでしょうか?それは展示環境による印象の違いが大きいのです。モナリザは防弾ガラスに守られ、特別な空間で展示されています。その周囲には、例えば横10メートルにもおよぶヴェロネーゼの《カナの婚礼》のような巨大絵画が並んでおり、相対的に小さく見えるのです。つまり、モナリザは「小さい」のではなく「小さく見えてしまう」作品なのです。

2. モナリザは死ぬまでレオナルドの手元にあったのか?
一般的には、モナリザはレオナルド・ダ・ヴィンチが生涯手元に置いていた作品として知られています。確かに彼はこの作品を1503年頃から描き始め、1519年に亡くなるまで加筆を重ねていたとされています。しかし近年の研究では、「実はレオナルドの死より前に、すでに売却されていた可能性がある」という説が浮上しているのです。
注目されているのが、レオナルドの最も長く仕えた弟子・サライの存在。彼はレオナルドの死後、モナリザを含む数点の絵をフランス王フランソワ1世に高額で売却したという記録が残されています。その金額は、レオナルドの年金3年分に相当するほど。当時の価値としても、異例の高額取引でした。
さらに決定的なのは、レオナルドが亡くなる直前に作成した遺言書に、モナリザが含まれていなかった点です。道具や書物は弟子たちに譲られていたものの、モナリザに関する記述は一切なし。つまり、彼の死の前にすでに手元を離れていた可能性が高いのです。

3. ナポレオンの寝室に飾られていたって本当?
「ナポレオンがモナリザを寝室に飾っていた」という話は、20世紀に入ってから広まった有名な噂のひとつです。彼が絵画好きだったことはよく知られており、1800年から1804年までの間、公邸として使用していたチュイルリー宮殿の寝室にモナリザを持ち込んだとも言われました。しかしこの説、実はルーヴル美術館が公式に否定しています。
確かに、ナポレオンはルーヴルの作品を一部宮殿に移して展示させており、その中にモナリザが含まれていた記録もあります。ただし、それは短期間かつ一時的な貸し出しであり、恒常的に“寝室に飾っていた”とは言えないようです。また、原画ではなく複製画が使われていた可能性も高いとされています。
このナポレオン寝室説が盛んに語られるようになった背景には、1911年に起きたモナリザ盗難事件が大きく影響しています。事件をきっかけにモナリザの知名度が世界的に爆発し、それと同時に様々な“尾ひれ”のついた逸話が生まれたのです。
つまり、ナポレオンとモナリザの関係も、実際よりもロマンチックに語られている部分が多いのかもしれません。

4. モナリザは“黒ずんでる”けど、それは浴室に飾られたせい?
ルーヴル美術館でモナリザを目にすると、第一印象で「思ったより暗い」「黒ずんでる」と感じる人は少なくありません。そのせいか、「昔、湿気の多い浴室に飾られていたからじゃないの?」という説が囁かれてきました。とくにヴェルサイユ宮殿にあったころ、ルイ14世の浴室アパルトマンに飾られていたという話が有名です。
けれどルーヴル美術館の調査では、この説はやや疑わしいとされています。実際に浴室に飾られていたのは“複製画”で、湿気の影響を避けるために原画は別の場所に保管されていたとする記録があるのです。つまり、モナリザが黒ずんだ理由は「湿気」ではなく、別の原因にありました。
その“犯人”こそが、何層にも重ねられたニス。経年によって黄色味を帯び、暗くくすんだ色合いに変化してしまったのです。1950年代にはニスを薄くしようとする試みも行われましたが、完全には本来の色彩を取り戻せませんでした。
つまり、あの神秘的な黒ずみは、長い年月と修復の歴史が生んだ“時のヴェール”。モナリザが放つ静けさやミステリアスな雰囲気には、そんな過去の痕跡も深く関わっているのです。
5. モナリザは世界初の“微笑む女性の肖像画”だった?
モナリザの魅力といえば、あの独特な“微笑み”。じっと見つめていると、今にも話しかけてきそうな、けれど何も語らないような——その神秘的な表情は、500年以上にわたって多くの人々を魅了してきました。実はこの“微笑む女性の肖像画”、モナリザが史上初とも言われているのです。
当時の肖像画は、王侯貴族の威厳や権力を示すためのもので、表情は無表情が基本。笑顔は軽率に見えるため、あえて避けられていました。笑っている肖像もゼロではありませんが、それは道化や寓意的な人物に限られ、女性のポートレートで笑みを浮かべるのは極めて異例でした。
モナリザの微笑みは、瞬間的な感情というより、永遠に続く理想の表情を追求したもの。自然なようでいて緻密に計算されており、15〜16世紀フィレンツェの「美とは理想を形にするもの」という価値観にぴったりと合致しています。
この“永遠に続く微笑み”は、当時の詩人たちの間でも「天国への門」と称されるほど高貴で神聖な美とされていました。つまりモナリザの微笑みは、美術史における革新であると同時に、時代の精神を体現した表現でもあったのです。

最後に:それでも“モナリザ”は神秘のまま
これだけ多くの研究と検証が進んでいるにもかかわらず、《モナリザ》には今なお数々の謎が残されています。モデルは本当にリザ・デル・ジョコンドなのか?レオナルドはなぜ納品せず、長年手元に持ち続けたのか?その微笑みの意味は?──どれも確定的な答えはなく、仮説がいくつも並び立つばかりです。
ルーヴル美術館が出版した公式ガイドでも、「可能性」や「考えられる」といった表現が繰り返されるように、真実は今も霧の中。むしろ、その“わからなさ”こそが、モナリザを永遠のミューズへと押し上げているのかもしれません。
美術作品の多くは、技法や背景を知れば知るほど見方が広がりますが、《モナリザ》はどれだけ知ってもなお「もっと知りたくなる」作品。見るたびに違う表情に見えるその魅力は、500年以上の時を超えて、今もなお私たちの想像力を刺激し続けています。
つまり《モナリザ》は、完成された“答え”ではなく、見た人一人ひとりが“問い”を持ち帰るような存在なのです。
それこそが、この一枚の絵が「世界で最も有名な絵画」であり続ける理由なのでしょう。