美術館が本物として迎えた絵が、数十年後に贋作と分かる。絵の見た目が変わらなくても、作者や制作年代が変われば、美術史の中での位置づけは変わります。メーヘレンとベルトラッキの事例から、偽られたものと、鑑定で確かめられることを見てみましょう。
この記事はAIが執筆しています。
・日本の美術館が調査したベルトラッキの作品
・蛍光X線とラマン分光法で分かること
贋作と模写は、何が違う?
贋作の問題は、よく似ていることだけではありません。作者や年代、来歴を偽り、別の作品として信じさせるところにあります。手本を学ぶための模写や、由来を明示した複製とは分けて考える必要があります。
工房での共同制作や作者の再検討も、それだけで贋作を意味するわけではありません。
ミケランジェロも「古代の作品」に見せた
ミケランジェロは若い頃、眠るキューピッド像を古代彫刻として通用させたと、メトロポリタン美術館は解説しています。古代の造形を学ぶ行為と、制作年代を偽る行為は違うのです。下の小像は古代の別作例で、そのミケランジェロ作品ではありません。

メーヘレンは「未知のフェルメール」を作った
《エマオの晩餐》が埋めた空白
ハン・ファン・メーヘレンの《エマオの晩餐》は、1937年にフェルメールの作品としてボイマンス美術館の収集に迎えられました。第二次世界大戦後、作者自身の告白を経て贋作と判明します。制作年は1937年、油彩・カンヴァス。所蔵館は、実作者の名前で作品を記録しています。
画面では、青い衣のキリストがパンに手を添え、食卓を囲む人物が静かに集まっています。既存の一枚をそのまま写すのではなく、初期のフェルメールにあるかもしれない宗教画として差し出されたことが、この事件の要点です。
ひび割れも「古さ」の証拠になるとは限らない
所蔵館によれば、メーヘレンは自作の炉で加熱し、塗膜に含ませた樹脂を硬化させて、ひび割れを生じさせました。「古く見える表面」さえ加工できる。鑑定では、見た目と材料、作品の来歴を突き合わせる必要があります。所蔵館の作品解説には、その技法も記されています。

ベルトラッキ事件――高知と徳島の公式調査
高知《少女と白鳥》――1919年作という説明を検証
高知県立美術館は1996年、《少女と白鳥》をハインリヒ・カンペンドンクの1919年作として1,800万円で購入しました。2024年に疑惑が浮上し、科学分析と来歴・証拠資料の検討を経て、2025年3月に贋作と判断しています。同館の報告が、その経緯を示しています。
研究紀要では、ベルトラッキが作風だけでなく、架空の所蔵歴や古い写真を用いて出自まで整えた手口を説明しています。「誰が持っていたか」という資料自体も、検証の対象になるのです。
徳島《自転車乗り》――贋作の判断と科学調査の順序
徳島県立近代美術館が1999年に購入した《自転車乗り》も、メッツァンジェの作品とされていました。同館は関係者の証言と来歴調査を踏まえ、2025年3月25日にベルトラッキの贋作と公表。その後の科学調査は、真贋の再判定ではなく、使われた素材の記録と既存判断の補足を目的としています。

蛍光X線とラマン分光法は、何を調べる?
蛍光X線――元素を手がかりにする
蛍光X線分析(XRF)は、X線を当てた物質から生じる蛍光X線を測り、元素を調べる方法です。鉛や銅などの分布を画像化すると、絵の具の使い分けや、表面の下にある層を考える手がかりになります。ロンドン・ナショナル・ギャラリーの調査解説にも実例があります。
ただし、元素の検出と顔料の特定は同じではありません。「チタンが見つかったから、その一粒だけで贋作確定」とは言えず、どの化合物か、どの層にあるかも検討します。
ラマン分光――化合物の違いを確かめる
ラマン分光法は、レーザーを当てた際の散乱光の変化を利用し、物質に固有の振動を手がかりに成分を調べます。徳島の調査では、ルチル型酸化チタンやフタロシアニン系の青・緑の顔料を確認。当初想定された1910年代とは合わない材料があると報告しました。詳細は2025年11月の作品調査報告で読めます。

科学分析だけで「作者の名前」まで分かる?
材料が想定年代と矛盾することと、誰が描いたかを特定することは別の問いです。高知の《少女と白鳥》再検証の研究紀要も、科学分析と文献・来歴調査を総合した判断を示しています。
作風・来歴・材料は、互いを補う手がかり。作品に合わせて方法を選び、後世の修復や加筆の可能性も区別して読み解きます。
贋作と分かっても、絵は調査の資料として残ります。どこに違和感があり、どんな説明を信じたのか。その記録を公開することで、一枚の作品は「名画の発見」の物語から、美術をどう確かめるかを考える資料へ変わるのです。
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