07/抽象表現

Sponsored Links
抽象絵画の世界へ:なぜ「描かない」ことが芸術になったのか?

20世紀初頭に突如として現れた抽象絵画。具体的なモチーフを持たない、一見すると「何を表現しているかわからない」この芸術は、なぜ生まれ、どのように発展したのでしょうか?

今回の授業では、抽象絵画の定義からその歴史的背景、そしてアメリカでの発展までを深掘りします。

Sponsored Links

抽象絵画とは、具体的なモチーフがないもの

抽象絵画とは、20世紀初頭にヨーロッパで始まった、具体的なモチーフを持たない絵画表現のことを指します。

しかし、広義では、キュビズムのように写実的ではない、形を解体・再構築する絵画も、抽象絵画へと繋がる大きな流れの一部として捉えます。

抽象絵画を推し進めた3人の芸術家たち

今回は主要な3名の芸術家を紹介します。最初期の抽象絵画の発展を彼らの思想から語っていきましょう。

デ・ステイルの重要なメンバー、モンドリアン

ピエト・モンドリアン Piet Mondrian
  • 1872年 – 1944年
  • 出身地:オランダ
  • 本格的な抽象絵画の最初期の先駆者主導した
  • デ・ステイル の主要メンバー

ピエト・モンドリアンは、オランダ出身の画家であり、本格的な抽象絵画の最初期の先駆者の一人として知られています。彼は、芸術運動「デ・ステイル」の重要なメンバーとして活動し、新造形主義という独自の理論を提唱しました。

モンドリアンの芸術的探求は、当初の具象画(例えば、木を描いた作品)から始まりました。彼は、自然のモチーフを徐々に要素に分解し、純粋な形と色へと抽象化していくプロセスを辿りました。この結果、最終的にたどり着いたのが、白の画面を黒い垂直線と水平線で分割し、赤・青・黄の三原色のみを配置した、厳格な構成の作品群です。

コンポジションNo.II(赤、青、黄の3色)

1930年にモンドリアンが制作した有名な抽象絵画「赤・青・黄のコンポジション」です。純粋な形、線、色のみで構成されており、純粋な抽象と呼べるでしょう。バランスのとれた本作は、のちにデザインやファッションなど多用に応用されました。

音楽のように、心に響く絵画を描いたカンディンスキー

ワシリー・カンディンスキー Wassily Kandinsky
  • 1866年 – 1944年
  • 出身地:ロシア(モスクワ)
  • 本格的な抽象絵画の先駆者
  • 抽象化を精神的な目線から理論化した人物
  • 青騎士 の主要メンバー
  • 芸術における精神的なものについて』で抽象化を理論化作風の特徴
  • 音楽を絵画で表現する「コンポジション」シリーズが特徴。

カンデンスキーも、本格的な抽象絵画の先駆者と呼ばれる人物です。

前回ご紹介した表現主義の1グループ、「青騎士」の結成者でもありました。1910年、最初の抽象画を手掛けています。代表作である『コンポジション』シリーズは、彼が理論化した内的表現の表れです。

最後の芸術を提唱したロシア人画家マレービチ

ジミール・マレーヴィチ Kazimir Malevich
  • 1879年 – 1935年
  • 出身地:ロシア(キエフ)
  • 他の抽象画家とは一線を画した、究極の抽象絵画を追求した人物
  • シュプレマティスム(至上主義/最後の芸術)
  • 『黒い正方形』や『白い正方形』など
  • 「冷たい抽象」などと形容される

マレービチが提唱したシュプレマティスム(仏:suprématisme、露:супрематизм)は、直訳すると絶対主義、至高主義などとされています。語源となったのはラテン語の「supremus(スプレムス)」。前回古代文字には現代の複数の言葉が含まれていると説明しましたが、このシュプレイムスも同様に、「至高の」「最後の」「最高の」などどいった言葉を持ちます。

本授業では「最後の芸術」と訳し、彼が行った芸術を説明していきました。

黒の正方形 マレーヴィチ、1915年

キュビズムや未来派といった芸術主義に影響を受けたマレービチは、創造的な芸術における純粋な感覚の絶対性を定義し、これが抽象表現の1つの到達点ともいえるでしょう。


ロシア構成主義とアヴァンギャルド

ロシア・アバンギャルド(前衛芸術)

抽象絵画の発展には、政治的背景を色濃く反映したロシアの前衛芸術運動が深く関わっています。1917年のロシア革命の最中に生まれた前衛芸術運動の総称です。政治的背景と革命の意図が強く芸術運動に反映されました。

ロシア構成主義

ロシア・アヴァンギャルドの中心的運動で、工芸の手法を否定し、工業的なアイテムを使用しました。

  • 表現: 抽象的な美力学的な美を表現。
  • 影響: タイポグラフィーや画面構成、そして建築(らせん階段、鉄格子など)に大きな影響を与え、後のデザインとアートの境界を曖昧にしました。

抽象絵画が生まれた歴史的背景

西洋美術が長らく続けてきた写実の伝統を離れ、抽象絵画が生まれた背景には、当時の社会と技術の変化があります。

1. キュビズムから抽象絵画への流れ

目で見るものだけが情報すべてではないという認識のもと、西洋絵画は写実を解体し続けました。

  • 印象派: 絶えず変化する断片をつなぎ合わせる。
  • 後期印象派: 断片を再構築し、絵画としての価値を再確立。
  • 表現主義: 外側の世界から離れ、内側の感情を表現。
  • キュビズム: 視覚情報を解体し、再構築することで、目で見たものを基準にするのをやめる。
  • 抽象絵画: 視覚情報の解体が推し進められた結果、モチーフがなくなった。

2. 写真技術の発展との関係

写真の高解像度化により、絵画は写真では表現できないものを探求する必要に迫られました。

  • 写真が高解像度になるにつれ、情報が多すぎることから、かえって背景をぼかす表現が増えました。
  • 絵画も同様に、細部まで描き込む写実から離れ、ぼかし非具象の方向へと変化し、抽象的なものを追求するようになりました。

アメリカの抽象表現主義

第二次世界大戦後、経済と芸術の中心がヨーロッパからアメリカへ移り、アメリカ独自の抽象絵画が発展しました。抽象主義表現主義が融合し、内側の熱狂を押し出すのが特徴です。

アクションペインティング
  • 技法: キャンバスを床に敷き、その上から絵の具を垂らすドリッピング自動筆記的技法(オートマティスム)を使用。
  • 思想: 画家が何を描きたいかよりも、無意識下の行動の結果を重視。
カラーフィールドペインティング
  • 表現: 色彩のみを用いた巨大な空間表現。
  • 思想: 「鑑賞者」「作品」「空間」の関係性を最も重視し、「絵画に何が描かれているか」ではなく、「鑑賞者が空間で作品と向き合う体験」をアートと定義。

美術評論家によっては、この1960年代をもって「絵画の終焉」(写実から始まった絵画の歴史の終わり)とも言われるほど、抽象表現主義は究極の表現に到達しました。


抽象絵画が生まれた3つの理由

なぜ西洋美術は写実の伝統を捨て、抽象絵画へと向かったのでしょうか?その理由は以下の3点に集約されます。

  1. 伝統からの離脱: 写実を解体していった結果、フィールド(色面)だけが残りました。
  2. 精神の表現: 実際にあるものではなく、内的感情無意識といった「精神」を探求する表現を追求しました。
  3. 写真との差別化: 写真では表現できない、抽象的で非具象的なものを絵画が追求する方向へと向かいました。

これらの歴史と理論の流れを理解することで、「何を表現しているかわからない」抽象絵画が持つ、歴史的な意義と芸術的な深みが見えてくるでしょう。

Sponsored Links
Sponsored Links