私たちが普段何気なく使っている「アート」「デザイン」「芸術」という言葉。これらは今でこそ明確に区分されているように見えますが、そのルーツを辿ると、古代ギリシャのたった一つの言葉にたどり着きます。
それが「テクネ(Tékhnē)」です。
ラテン語 Ars (技/技術)
ギリシャ後 Tékhnē (technic/Technologyの語源)
現代の様々な語を包括している言葉である
ルネサンス期に一括りに「芸術家」と呼ばれていた人々が、19世紀末から20世紀初頭にかけて、クライアントの変化や価値観の変化に伴い、「アーティスト」と「デザイナー」へと分裂していったことは、以前の講義でも触れました。
では、この分裂が起こる直前、近代アートの夜明けにおいて、画家たちはかつてのアートの常識に対してどのような「革命」を起こしたのでしょうか?そして、私たちが今「アート」と呼ぶものの、古代における真の対義語は何だったのでしょうか?
アートの源流である「テクネ」と、その対極にあった「自然」という概念を探求していきます
アート≒人が作るもの

古代の人々にとって、「人が作るもの(テクネ)」の対照的な位置にあるものは、「自然発生的なもの」「生まれつき備わっているもの」でした。
アートの語源であるテクネ(技術、技法)が指すものは「人が手を加えたもの」であり、その対義語は、ラテン語の「ナチュラ(Nātūra)」やギリシャ語の「ピュシス(Phýsis)」が指す「自然(生まれつき備わったもの)」だったという結論に至ります。
テクネの細分化:工作的な技術へ

古代の「テクネ」は、このように非常に大きな意味を包括していましたが、時代が進むにつれて細分化されていきます。
- 工作的なテクネ:芸術、工芸、料理など、現代のアートやデザインに繋がる技術。
- ポリス的なテクネ:国を形成するための知的な技術。
前回も触れましたが、西洋芸術の世界は長年、神がつくるものの模倣を追求してきました。そのため写実的な絵画が発展したといえるでしょう。
プラトン「アートとは模倣だ」

古代ギリシャの哲学者であるプラトンは、アートのことを模倣(イミテーション)と捉えており、イデア論でもヒエラルキー下位として扱っていました。
もし似姿をつくりたいのなら、鏡に優るものはない。鏡に差し向けることによって、あらゆるものを完璧な反射像がえられ、したがって、一般にアーティストが創造しうるよりも優れたものが得られるだろう。それゆえ、アーティストたちを排除しよう。ソクラテス(「国家」の10巻、プラトン)
以上のように、近代美術以前に浸透していたアートの常識を、本講義では覆した手法をいくつか上げていきます。
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表現主義とは、感情表現を追求した芸術運動

代表作《叫び》を描いたノルウェー出身ムンクは、彼は後にドイツ表現主義に影響を与えた芸術家です。
彼の作品は、今起こっている自然現象よりも感情を主して描写しており、これが表現主義につながっていくのです。
私は2人の友人と歩道を歩いていた。
太陽は沈みかけていた。突然、空が血の赤色に変わった。私は立ち止まり、酷い疲れを感じて柵に寄り掛かった。それは炎の舌と血とが青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、戦っていた。そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた(ムンクの日記より)
《叫び》を描いた時のエピソードを日記に残しています。「突然、空が赤色に変わった」というのは1883年にインドネシアのクラカタウが大噴火したことに由来するでしょう。微細な火山灰は12日で地球を一周した、地球の地質学史上でも指折りの大災害でした。
しかし引用にある「自然を貫く果てしない叫びを聴いた」は、事実かどうか怪しく、むしろムンクの感情がそう思わせたのかもしれない。
表現主義 Expressionism

表現主義とは、第一次世界大戦以前のドイツで生まれた芸術運動です。後に日本を含む各国の前衛芸術に影響を与えたため、限定的にドイツ表現主義とも呼ばれます。

客観的表現を排して内面の主観的な表現に主眼をおくことを特徴としていました。建築、舞踊、絵画、彫刻、映画、音楽など各分野で流行し、「黄金の20年代」と呼ばれたベルリンを中心に花開いたのです。
シュルレアリスムは、無意識の追求
シュルレアリスムの先駆者、デ・キリコの形而上絵画

20世紀イタリアの画家であるジョルジュ・デ・キリコ。彼の絵画はのちにシュルレアリスムを生み出すことにつながりました。彼の作風は、人がほとんど描かれておらず、いたとしても数人、あるいはマネキンであったりします。現実離れした、夢の中のような作品たちです。

私は突然、風景と建物が非常に深遠で神秘的なものであることに気づきました。それは、日常的な現実を超えた、まるで夢の中にいるような感覚でした。(手記より)
本作《秋の午後の謎》はサンタ・クローチェ広場で休んでいる時に生まれた作品のようだが、その景観も、人の存在感もまるで違う。これはデ・キリコが、現実に起こったことをそのまま描いていないことを示唆しているだろう。彼はこれを形而上絵画と呼びました。
シュルレアリスム surrealism 超現実主義

1924年にフランスの詩人アンドレ・ブルトンが提唱した芸術運動で、「超現実主義」とも訳されます。合理性や理性で抑圧された人間の「無意識」の世界を表現することを目指しました。

サルヴァドール・ダリは明晰夢を使い現実離れした幻想的な世界を写実的に描きあげています。また、同じくシュルレアリスムであるルネ・マグリットは、日常的なモチーフを非現実的に組み合わせ、現実と非現実の境界を曖昧にする手法や匿名性が現れています。
フォービズムとは、色彩の革命

フォービズムの師にあたる人物としてモローというフランスの画家がいます。彼自身は象徴主義というまた別の分野で語られるのですが、のちにフォービズムにつながるものがあります。
《パルカと死の天使》という未完で残っている作品がありますが、ここに、モローの制作プロセスをみることができるのです。モローは、面で大胆に形をとり、その後に《出現》のような細密描写へと映っていたのです。
エコール・デ・ボザール(官立美術学校)の教授であったモローに教わった学生は、この手法を間近でみていたことでしょう
フォービズム Fauvisme 野獣派

フォービズムは、20世紀初頭のフランスで生まれた前衛的な絵画運動です。まるで野獣の檻にいるようだといった批評家の言葉から「野獣派」とも呼ばれます。
野獣派と呼ばれたように色面は大胆に荒々しくのせられ、画家が心のままに色をのせたように感じるでしょう。

キュビズムは他視点描写

ポスト印象派の1人に、セザンヌという不思議な絵を描く画家がいます。彼は忠実な写実を追求したものの、その出来栄えはとても現実的とは言えません。時代が違えばおざなりになっていたかもしれないこの技法を、近代芸術家は新しいと賛美しました。
キュビスム cubisme 立体主義

キュビズムとは、ピカソとブラックにより創作された芸術運動であり、多視点で幾何学的に描いた表現技法のことをさします。従来の遠近法を排除し、対象の本質を多角的に捉えようとしたこの運動は、現代抽象美術に大きな影響を与えました。

まとめ:近代芸術の絵画革命

かつて自然の模倣として発展した西洋芸術は、近代になると様々な技法により発展していきました。
表現主義は内側の感情を表現し、シュルレアリスムは無意識の追求、フォービズムは感情に則した色彩表現を、キュビズムは多視点描写。
各々の絵画表現はそれぞれつながりを持ち、互いに刺激しあい一時代を築き上げたのです。これが後の私たちのアート、広く私たちの表現の幅の広さにも繋がっているのです