08/古代ギリシャ・ローマの価値観

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古代ギリシャ・ローマ美術の価値観:理想の肉体美と社会秩序

2023年3月26日BBCでこんなニュースがありました

米フロリダ州タラハシー郡のタラハシー・クラシカル学校にて、ルネッサンス美術を11歳と12歳の生徒に教える授業で、ダヴィデ像が紹介された。

この学校では例年、ダヴィデ像を生徒に見せる際には事前に保護者へ連絡していたものの、今回は連絡をしていなかったことから、1人の親が学校に抗議した。ほかに2人の親が、事前連絡が欲しかったと学校に苦情を伝えたという。同校のホープ・カラスクイラ校長は23日、辞任するか解雇されるか選ぶよう学校の理事会に告げられたため辞任したと、地元紙タラハシー・デモクラットに明らかにした。

米国フロリダ州のロン・デサンティス知事は保守派の旗手として有名な政治家です。特に性教育や性自認については厳しく、公立校での性教育や性自認教育を禁止する州法について、適用対象を高校卒業までに拡大するよう州教育委員会に求めていました。これに違反する教師は、停職もしくは教員免許取り上げの対象になると言います。

またこれを受け像を所蔵するイタリア・フィレンツェの美術館が当の学校の教師や生徒たちを招待した。

このニュースに潜むものは、アートはポルノなのか?という点です。

もちろんフィレンツェ側は他国と比べ伝統主義が強く、また今回のフロリダは他国と比べ性教育に消極的であることは念頭に置きたいところです。また本授業ではどちらが正義かを問うものでもありません。

ここでは、なぜ裸婦像が生まれたのか。そして守られてきたのかを学ぶことで、ニュースも俯瞰して観察することができるようになるでしょう。

古代ギリシャ・ローマの価値観

古代ギリシャの美の考え方

前述したダビデ像は、厳密にはルネサンス期の作品ですが、古代ギリシャ・ローマの価値観に大きく影響を受けたものとも言えるでしょう。

西洋文明の源流である古代ギリシャ・ローマ時代は、後のルネサンス、そして現代に至るまで続く芸術と美意識の基盤を築きました。この時代の美術は、単なる装飾ではなく、共同体の価値観社会秩序を象徴し、人々に共有させる重要な役割を果たしていました。

プラトンの弟子であるアリストテレスが『詩学』『修辞学』の中で美について言及しています。

『詩学(Poetics)』にて悲劇や叙事詩といった芸術作品の美しさ(プロットの構成、規模の均整など)を論じています。特に、全体の調和と適切な大きさ(比例)が快感を生むとされます。

『修辞学(Rhetoric)』では美の定義が比較的直接的に示されています。美とは「それ自体として価値があり、かつ快いもの」であり、「大きさと秩序」を備えていると述べています(『修辞学』巻1, 1362a)

美が調和と比例を通じて人間に快感を与えると。

この哲学的な定義に基づき、古代の美術家は、完璧な左右対称黄金比などの数学的な比例を重視し、調和の取れた身体こそが理想的な美であると追求しました。

戦争や古代オリンピックからみる理想の男性像

この時代の彫刻作品、特に紀元前のギリシャ彫刻において多く見られるのは、若い男性の均整の取れた、筋肉質な裸体です。

戦争と強さの象徴
ポリュクレイトス(Polykleitos)作の『ドーリフォロス(Doryphoros)』

この肉体美が理想とされた背景には、戦争の影響が色濃くあります。戦いに強く、国を守る力を持つ男性の肉体こそが、社会にとって最も価値のあるものとされました。

この価値観は、「カロス・カガトス」(美と善の一致)という概念にも裏打ちされ、戦争終結後も古代オリンピックの競技者像などに継承され、維持されました。

若さの強調と理性の支配
ベルヴェデーレのアポロ

古代ギリシャにおいて、英雄や神々が彫刻される際、その局部は目立たぬように小さく表現される傾向がありました。これは、「若さの証」としてだけでなく、理性の支配(ロゴス)に対する欲望の抑制を象徴しています。感情や野蛮さの象徴とされた過度に大きな局部を避けることで、知性的な理想像を表現したと考えられています。

社会秩序の可視化:神殿と帝国の威厳

古代ギリシャ・ローマ美術のもう一つの重要な役割は、共同体の価値観を視覚化し、社会秩序を人々に納得させるための手段となることでした。

都市国家(ポリス)における神話の共有

アテネのパルテノン神殿

ギリシャの都市国家(ポリス)、特にアテネのパルテノン神殿は、その代表例です。

共同体精神の体現

パルテノン神殿は、ポリスの守護女神であるアテナを祀る場であり、その装飾(フリーズなど)には、ギリシャ神話宗教儀式の場面が描かれました。

神話の浸透手段:

ギリシャ神話は、まだ書籍化が進んでいない時代において、主に演劇を通じて人々に語り継がれ、その後、神殿の彫刻やレリーフとして視覚化されることで、共同体の共通認識として強力に浸透していきました。女神アテナを信じることは、アテネというポリスの強さと統一を信じることにつながったのです。

デルポイの劇場とアポローンの神域

理想の肉体美と社会秩序

多種多様な民族と文化を統治する必要があったローマ帝国において、建築や彫刻は、帝国の威厳と権威を可視化する手段となりました。

その一旦を担った芸術文化は、後の西洋文化においてとても重要考え方です。

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