絵を見たあと、いつもの景色が少し違って見える。芸術家の視点を借りた私たちが、例えば帰り道の建物や、家の窓の向こうに新しい発見を見つけることができるかもしれません。美術館を出てからも体験は続いていく。そんな楽しみ方の手がかりが「美術の物語」にあります。

ここでは、窓の外を見ることを「冒険」と呼んだ一節から、マネのバルコニー、モネの鉄道駅へ進んでみます。本の中の具体例をたどりながら、絵で覚えた見方を、ふだんの暮らしへ持ち帰ってみたいと思います。

「美術の物語」は2024年、ポケット版が発売されました。

この記事でわかること
・窓の一節と、色や形への思い込みの関係
・マネとモネの絵から持ち帰れる具体的な見方
・解説を読んだあと、絵と日常を往復する楽しみ

窓の外が冒険になる、その手前の話

ゴンブリッチは序章で、私たちがお決まりの形や色を、正しいものとして受け入れがちなことを指摘しています。空は青、芝生は緑。よく知っているはずのものほど、知っている色で見てしまう。

しかし画家たちは、そうした先入観から離れ世界を見直そうと取り組んだのです。故に自然の中の思いがけない美しさを教えてくれるというのです(pp.28–29)。その話に続いて、こう書かれています。

彼らを見習い、彼らから学ぶことができれば、窓の外の景色をちょっと見るだけで、スリルに満ちた冒険をすることができるだろう。

E・H・ゴンブリッチ『美術の物語』天野衛ほか訳、河出書房新社、2019年版(2024年9刷)、p.29

私たちが夢にも思わなかった斬新な美しさが、実は自然の中に潜んでいる、そんなことを画家たちが教えてくれるのです。既に定着してしまった既存の概念を、簡単に取り払うことは難しいでしょう。しかし、先入観から脱出し、いつもの風景から新しい世界を発見した時のぞくぞくはたまりません。

そんな彼ら(芸術家)から私たちも学ぶことができるなら、きっと、いつもの窓からの景色でさえ、ドキドキする世界へと変わるでしょう。

マネの窓辺で、明るさを見直す

エドゥアール・マネの《バルコニー》では、柔らかく濃淡をつける伝統的画法から離れた、どぎついコントラストが印象的です。ゴンブリッチは、マネの初期作品にも見られた強い明暗に、保守的な画家たちが抗議したと述べています(p.514)。

マネ《バルコニー》。白い服の女性たちと緑の手すり。背後の室内は暗い。
エドゥアール・マネ《バルコニー》1868–1869年、油彩・カンヴァス、オルセー美術館。RF 2772。 作品情報。画像:Wikimedia Commons(Public domain)。

絵の女性の顔と、奥の室内を見比べてみてください。顔には明るい面があり、室内にはよく見えない部分が残っています。すべてが同じ程度には説明されていません。それでも人物や空間がそこにあるように感じられる。さらにゴンブリッチは、鮮やかな緑の手すりが前へせり出し、画面に奥行きを生むと読み解きます(p.517)。顔だけを追っていたときには、気づきにくかった関係です。

日常では、明るい場所と暗い場所を比べる

伝統的な淡い濃淡から離れたどぎついコントラスト
太陽に照らされた戸外と、照明も発達していない暗い室内。同時に見たら、どのように映るだろう?

マネは《バルコニー》以前から、大きな批判を浴びていました。しかしマネ自身は、革命家になりたかったわけではないといいます。彼は同時期のラファエロ前派が拒絶した巨匠たちの筆遣いや、ヴェネツィア派らが創始し、スペインのベラスケス―ゴヤにまで至る伝統からヒントを得ようとしていたのです。その結果得たのは、この強いコントラストでした。

《バルコニー》はゴヤ《バルコニーのマハたち》に刺激された作品でもあり、独特な色彩にマネ絵画らしさが表れています(p.514)。

光溢れた戸外の明るさと、モノの形をも飲み込む室内の暗さ。コントラストが強すぎる状況では、例えば伝統的な肉体の丸みを捉えることが困難になるでしょう。現代ではスマホを使い、簡単に撮影した写真の露出やコントラストを操作することができるようになりましたが、この絵では顔の丸みを示す濃淡が抑えられ、明暗の対照が印象に残ります。一方で、ゴンブリッチは画面全体には強い奥行きがあると述べています(pp.514・517)。

そんな事象をマネは戸外にでることで体験し、研究したのです。

その違いに気づいたら、もう一度《バルコニー》をご覧ください。随分と、顔がのっぺりとしているように感じませんか?室内をここまで暗く描いたのは、なぜでしょうか。目の前の景色との比較から、画家が何を発見しどこに関心を抱いたかが伝わると思います。

モネが駅で見たものを、いつもの道で探す

クロード・モネの《サン・ラザール駅》を、今度は見てみましょう。屋根の下に蒸気が立ちこめ、その向こうに列車や建物が見えます。人の出会いと別れが交差する場所。しかし、モネが関心を向けたのは、そういった人間関係の移ろいではなく、光でした。光の流れが、ガラスの天井を通して雲のような蒸気にあたる様子。もうもうたる煙をかきわけて現れる蒸気機関車。そういった光と空気のドラマチックさに惹かれていたのでした(p.520)。駅という場所に、そんな見どころがあったのかと思わせる解説です。

モネ《サン・ラザール駅》。鉄骨の屋根の下に青や白の蒸気が広がり、列車の輪郭がところどころ曖昧になる。
クロード・モネ《サン・ラザール駅》1877年、油彩・カンヴァス、オルセー美術館。RF 2775。 作品情報。画像:Wikimedia Commons(Public domain)。

マネ同様、モネの作品にも明暗と色彩のバランスを意図的に配置していることが考えられます。

機関車の輪郭をたどると、蒸気の明るい色と接するところで形がわかり、また別の所では周囲に溶けこんでいます。列車が何でできているかを知っていても、そのすべてが同じようには見えません。

当時の批評家にとって、モネら印象派の画家たちの描き方だけでなく、サン=ラザール駅のような機関車は好まれるモチーフではありませんでした。ゴンブリッチはこれまで好まれてきたモチーフのことを「『絵のような』モチーフ」、と呼んでいます。自然のいち場面を見つけ、まるで絵のように見える自然を描くことを指し、翻って「絵で見たことがあるモチーフ」というニュアンスでした。しかし、そのようなモチーフから離れてはいけないとすれば、似た題材を繰り返すしかなくなる、とゴンブリッチは指摘します(p.519)。

しかしその要求には限度がありますし、実際その「絵のようなモチーフ」は、時代ごとに画家たちが新しい発見をしてきました。ローマの廃墟を「絵のような」ものにしたのはクロード・ロランであり、オランダの風車をヤン・ファンホーイエンが「絵のような」モチーフに昇華させたのです。

そういった画家たちの営みのなかでモネの《サン=ラザール駅》は、新しいモチーフを「絵のような」ものに仕上げたといえるのではないでしょうか。

見どころは、いつもの場所にもある

この例から、日常で試してみたいことがあります。駅やバス停、買い物の帰り道で、いつもなら通り過ぎる光に目を向ける。これまでの何気ない道のりも、「絵のような」魅力がつまっているかもしれません。

解説の言葉を、見るための問いにする

ゴンブリッチは、知識を得ることの落とし穴にも触れています。レンブラントを見て、覚えたばかりの「キアロスクーロ」という言葉で片づけ、そのまま次の絵へ進んでしまうことです。歴史や用語は、作品の微妙な違いを感じ取る助けになる。その助けが、実際に見る時間を奪うこともあるでしょう。

暗い牢内でひざまずき、両手を組む老いた聖ペテロ。足元には鍵が置かれている。
レンブラント・ファン・レイン《投獄された聖ペテロ》1631年。図版:Wikimedia Commons(Public domain)。

聖ペテロをご存知であれば、あるいはレンブラント作品を知っている方であれば、《投獄された聖ペテロ》鑑賞は歴史や用語がかなりの助けになることでしょう。

しかし、美術の学習には終わりはありません。常に新しい発見があり、見るたびに違う顔を見せてくれます。「美術の物語」は、美術を巡る旅の終わりに何が待ち受けているかを指南する本ではありません。しかし、新鮮な目で見つめ、新たな発見があることを示唆しているのです。それにより、私たちはより豊かな体験が得られることでしょう。

窓の外を見て、もう一度絵を見る

私には、フェルメールの室内画が、シルバニアファミリーのような小さな箱庭に見えることがあります。その感覚は、カメラ・オブスクラを使った可能性の話とつながり、レンズを通した景色と、目の前の景色との違いを考えるきっかけになりました。装置の使用が確定したという話ではありません。この仮説と研究については、カメラ・オブスクラの解説記事で詳しく扱っています。

固定した同じカップ・机・窓を左側と右側から見た模式図。カップに対する窓枠の重なりが変わる。
比較模式図:当ブログ制作。同じ配置を二つの視点から描いたもの。本文の日常での観察提案を補う図で、ゴンブリッチの著作掲載図や実験の再現ではありません

窓辺に置いた器を、少し左から、次に右から見てみる。同じ器でも、背景の窓枠との重なりが変わります。その場面をスマートフォンで撮ると、今度は画面の端で何が切れ、何が残るでしょうか。見る場所や、ひとつの画面として選ぶ範囲も、景色の印象に関わっています。これも、絵から持ち帰って試せる問いのひとつです。

マネで気になった明るさの差を、窓の外に探す。モネで目を向けた光と輪郭を、いつもの駅で見てみる。そして、その経験を持って絵へ戻る。絵を見ていたはずが、見ている自分の習慣にも気づく。美術館を出てからも続いていく鑑賞には、そんな往復の楽しみがあると思います。

参考資料

E・H・ゴンブリッチ『美術の物語』天野衛ほか訳、河出書房新社、2019年版(確認した本は2024年7月30日9刷)、ISBN 978-4-309-25628-3。序章 pp.28–29・37、第25章 pp.514・517・519–520。窓の一節のみ刊行訳を引用し、ほかは関連箇所の要約です。

オルセー美術館《バルコニー》作品情報・解説/同《サン・ラザール駅》作品情報・解説。作品名・制作年・所蔵情報を確認。図版の出典と権利表示は各キャプションに記載。

Phaidonが公開する序章の英語版(編集版)でも、窓の一節と前後の議論を読むことができます。

引用の版とページについて
本文のページ番号は、上記2019年版の印刷ページです。紹介しているポケット版とは版・判型が異なり、ページ番号をそのまま使うことはできません。引用以外の日常での観察やフェルメールへの応用は、当記事の解釈・提案として記しています。