ハマー美術館(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の展示室に、1662〜65年ごろにレンブラントが描いた《ユノ(ヘラ)》が掛かっている。127センチ×123センチ、ほぼ人の等身大のカンヴァス。女神の首から肩にかけて金糸で刺繡された外套が、光の当たり方によって純金にも見えるほどに輝く。頭には宝石を散りばめた王冠——その重さは絵の外まで伝わってくる。左手には王笏を握り、画面の右端からはかすかに孔雀の羽根が覗く。しかしレンブラントが描いたヘラの眼差しは、女王の権威に相応しい傲岸さとはほど遠い。どこかを見つめる視線には、疲労とも諦念ともとれる翳りがある。夫ゼウスの無数の浮気に耐えながら「神々の女王」の称号を守り続けてきた——そういう女の顔に見えてしまうのは、見る者の投影にすぎないだろうか。いや、この絵をここまで深く読めるのは、ヘラの神話全体を知っているからこそだ。孔雀の羽根の「眼」の意味、ザクロが象徴するもの、ゼウスとの結婚が持つ重さ——すべてはギリシャ神話大全の構造に根ざしている。
この記事はAIが執筆しています。
Hera

・孔雀・ザクロ・カッコウの見分け方
・6月Juneに残るユノの名
ヘラの正体——ゼウスの妻でありながら、神々の女王として自立した統治者
ヘラ(古代ギリシャ語:Ἥρα、Hēra)はギリシャ神話のオリュンポス十二神の一柱で、ローマ神話のユノ(Iuno)に相当する。英語の6月名「June」はこのユノに由来する。
系譜をたどると、ヘラはティタン神族の王クロノスと大地の女神レアの娘として生まれた。父クロノスは子に権力を奪われることを恐れ、生まれた子を次々に飲み込んだ。ヘラも飲み込まれたが、末弟のゼウスがティタン神族との戦い(ティタノマキア)に勝利した後に解放された。その後ヘラはゼウスと婚姻を結び、神々の女王の地位を得た。
司る領域は婚姻・出産・既婚女性の守護、および天と大気全般。ホメロスの叙事詩では「白い腕のヘラ(leukōlenos Hēra)」「牡牛の目をした(boōpis)ヘラ」という定型句(ホメロス的常套句)で繰り返し呼ばれる。
子はヘパイストス(鍛冶と火の神)、アレス(軍神)、エイレイテュイア(お産の神)、ヘーベー(青春と若さの女神)の四柱。ただしヘパイストスはヘラが単独で産んだとする異伝もある(ヘシオドス『神統記』927行)。象徴は孔雀・ザクロ・王笏・王冠(およびカッコウ・牛・ライオン)。
ヘシオドスとホメロスが語るヘラ——嫉妬深い妻か、政治的な戦略家か
ヘラを理解するには、どの原典が何を語っているかを区別することが不可欠だ。
ヘシオドス(前700年頃)の『神統記』は、ヘラの誕生と婚姻を事実として記すのみで、感情の描写はほとんどない。「ゼウスはクレイアな(栄光ある)ヘラを妻に娶った」(921行)という一文があるだけだ。
ホメロス(前8世紀頃)の『イリアス』では、ヘラは能動的な政治家として登場する。トロイア側を支持するゼウスに対抗し、ギリシャ軍(アカイア人)の支援を画策する。第14歌「ヘラの計略(ディオスのアパテー=ゼウスの欺き)」はとくに有名で、ヘラがアフロディテから愛の帯を借り、夫ゼウスを誘惑して眠りに誘い、その隙にポセイドンがギリシャ軍を率いて戦局を逆転させる。ここで描かれるヘラは嫉妬よりも知略に富む。
嫉妬の物語が詳述されるのは、より後の資料——アポロドーロス『ギリシア神話』(前1世紀〜後1世紀)、オウィディウス『変身物語』(後8年)あたりからだ。ヘラクレス迫害(毒蛇の送り込み、12の試練)、イーオーの牝牛変身、エコーへの呪いなど、「怒れるヘラ」の物語の多くはローマ期に確立された。つまり「嫉妬の女神」像は、ギリシャ本来の像ではなく、後世のローマ的解釈が付加した側面を含んでいる可能性が高い。
孔雀・ザクロ・カッコウ——美術館でヘラ(ユノ)を見分ける三つの持ち物
ヘラのアトリビュート(持物・随獣)を知ると、美術館での見分け方が格段に変わる。
最も確実な手がかりは孔雀(peacock)だ。孔雀の羽根に散りばめられた「眼状斑」の由来は、百の目をもつ怪物アルゴス・パノプテスにある。ゼウスがニンフのイーオーと関係しているのを見咎めたヘラは、白い牝牛に変えられたイーオーをアルゴスに見張らせた。ゼウスの命を受けたヘルメスがアルゴスを眠らせて殺すと、ヘラはその百の目を孔雀の尾羽に移したとオウィディウス『変身物語』第1巻が語る。以来、孔雀はヘラの象徴になった。
次にザクロ(pomegranate)。右手か左手に持つ球形の果実は、多産・婚姻・家族の継続を象徴する。種が多いことが生殖力の豊かさを意味し、婚姻の守護神ヘラに結びついた。ポリュクレイトスが制作したアルゴスのヘラ坐像(前420年頃)でも、右手にザクロを持つ姿だったとパウサニアスが記録している(『ギリシア案内記』第2巻17節)。
三番目はカッコウ(cuckoo)だ。ヘラの王笏の先端にカッコウが止まっている図像は古くから伝わる。ゼウスが雨の日にカッコウに変身してヘラに近づき、哀れに思ったヘラが懐に抱き入れたところで正体を現してヘラを娶ったという伝承(スタボン、パウサニアスが言及)に由来する。
このほか、ライオン(権威)、牡牛(古い農耕神としての名残)、王冠(ポロスという円柱形)も重要なアトリビュートだ。まとめると——孔雀がいたらヘラ、弓矢があればアルテミス、兜と槍があればアテナ。三女神の見分けはこれで充分だ。
ポリュクレイトス《ヘラ》前420年頃——黄金と象牙の女王、世界でいちばん贅沢な彫刻だった
アルゴスとその近郊に築かれたヘライオン(ヘラ聖域)は、ギリシャ最大規模のヘラ礼拝の場であった。前7世紀から繰り返し拡張されたアルゴスのヘライオンに、前420年頃、当代最高の彫刻家ポリュクレイトスが黄金と象牙(クリュソエレファンティン)でヘラの坐像を制作した。
パウサニアス(後175年頃活躍)は『ギリシア案内記』第2巻17節でこの像を次のように描写している。「ヘラは玉座に座し、その大きさは比類なく、黄金と象牙で作られ、ポリュクレイトスの手になる傑作である。女神は頭上に王冠を戴き、そこにはグレース(美の三女神)とホーライ(時の女神)の像が浮き彫りにされている。一方の手にはザクロを、他方の手には笏を持つ。笏の先端にはカッコウが止まっている」。
残念ながら原像は現存しない。しかしローマ時代に刻まれたアルゴスのコインや、ローマ時代の大理石模刻(バルベリーニのヘラ、ローマ国立博物館)がその姿を伝える。ファルネーゼのヘラ(ナポリ国立考古学博物館)も同じ図像系譜に属し、王笏を持つ堂々とした立位のヘラが表現されている。
この坐像がパルテノンのアテナ像やオリュンポスのゼウス像と並ぶ「クリュソエレファンティン三大作」のひとつと見なされていた事実は、ヘラが古代ギリシャ世界においていかに重要な神格であったかを示している。
カレル・ファブリティウス《ヘラ》1643年頃——孔雀がいなければ誰も気づかなかった、隠れた傑作
油彩・カンヴァス、モスクワ、プーシキン美術館蔵。
カレル・ファブリティウス(1622〜1654)は、レンブラントの工房で学んだのち、独自の光の表現を模索した。1654年のデルフト大爆発で命を落とした彼の作品は数が少なく、現存するものはどれも高い評価を受けている。
この《ヘラ》は長らく別タイトルで収蔵されていたが、2004年のプーシキン美術館カタログでヘラと同定された。根拠は一つ——画面左下に描かれた孔雀だ。
人物の視線は正面でなく、わずかに右に向けられている。表情は静謐というより試すような眼差しで、師レンブラントの心理描写の影響が見える。しかしファブリティウスの光は師のそれより明るく、人物の輪郭がより鮮明だ。皮膚の質感、衣のしわの入り方、孔雀の羽根の光沢——いずれも精緻に描き込まれており、師のドラマティックな光とは別の、観察に根ざした表現がある。この作品はレンブラント派の中にあってヘラを描いた珍しい例として価値が高い。
レンブラント《ユノ(ヘラ)》1662〜65年——女王の黄金外套に潜む、静かな疲労の翳り
油彩・カンヴァス、127×123.8cm。ロサンゼルス、ハマー美術館(カリフォルニア大学)蔵。
レンブラント(1606〜1669)は晩年、神話の主人公を人間の感情の深みから描くという手法を完成させていた。《ユノ》はその集大成の一点だ。
画面の中央に女神の半身が据えられる。外套は金糸の刺繡が施され、レンブラント晩年の特徴であるインパスト技法——絵の具を盛り上げて塗る方法——で表面に厚みと光沢が与えられている。金の輝きは正面から当たる光を受けて浮き上がるが、影の部分は深い褐色に沈み、「輝き」と「翳り」が同居する。王冠は宝石をちりばめた豪奢なものだが、頭の重さを感じさせる傾き方をしている。最も注目すべきは表情だ。ヘラの眼差しは遠くに向けられ、画面を見る鑑賞者と視線が合うことがない。怒りも傲慢さもない——あるのは、何かを見つめ続けてきた者のみが持つ、静かな疲弊だ。右側後方に薄く描かれた孔雀の羽根が、この女性がヘラであることを知らせる唯一の「アトリビュート」であり、それ以外に神話的な小道具はない。
神話の女神を「女王」としてではなく「長い年月を生き抜いた存在」として描いたレンブラントのアプローチは、ヘラの神話を再解釈する強力なレンズとなっている。
ルーベンス《パリスの審判》1636〜38年——ヘラが怒った瞬間が、トロイア戦争の導火線になった
油彩・板、199.5×381cm。マドリード、プラド美術館蔵。
ルーベンス(1577〜1640)はパリスの審判を生涯に複数描いたが、プラド美術館版は最も大判で完成度が高い晩年作とされる。
神話の筋書きはこうだ。ペーレウスとテティスの婚礼に呼ばれなかった不和の女神エリスが「最も美しい女神へ」と刻まれた黄金のリンゴを宴席に投げ込んだ。候補はヘラ・アテナ・アフロディテの三柱。ゼウスがその判断を牧童パリスに委ねた。ヘラは「権力(世界中の王国の支配者になる)」を、アテナは「知恵と戦争の技」を、アフロディテは「最も美しい人間の女性(スパルタ王妃ヘレネー)」をそれぞれ提供しようと申し出た。パリスはアフロディテを選んだ。
これ以降、ヘラとアテナはトロイア軍を憎み、10年にわたるトロイア戦争でギリシャ軍を支援し続ける。ルーベンスの絵は「その瞬間」——女神たちの感情がまだ決定されていない刹那——を大判の絵の中に凝縮している。画面左奥に孔雀が描かれており、向かって左側の女神がヘラと判断できる。選ばれなかった後の怒りをすでに予感しているかのように、視線が鋭い。
ヘラはなぜ嫉妬深いのか——ホメロス以降に「怒れる妻」像が固定された経緯
ヘラの「嫉妬深さ」は神話の中で最も有名な属性だが、この像が成立した経緯を追うと、原典の時代から後世の解釈までの積み重ねが見える。
最も詳細に描かれるのはヘラクレス迫害だ。ゼウスがアルクメネとの間にヘラクレスをもうけると、ヘラは揺りかごに毒蛇を送り込んだ(アポロドーロス『ギリシア神話』第2巻4節)。後にヘラはヘラクレスに狂気を送り込み、彼が家族を殺めるよう仕向けた(同書)。これが12の試練への発端となる。
イーオーの事件では、ゼウスが白い牝牛に変えたイーオーを百眼のアルゴスに見張らせたが、ヘルメスがアルゴスを殺すとヘラはその百眼を孔雀に移し、さらにイーオーに狂気を送り込んで世界中を彷徨わせた(オウィディウス『変身物語』第1巻)。
エコーへの罰——ニンフのエコーがヘラとゼウスのニンフたちの密会を隠すために長話でヘラを引き留めたと知るや、ヘラはエコーから自分で語る能力を奪い、「相手の最後の言葉しか繰り返せない」呪いをかけた。この呪いが「echo(こだま)」という語の語源だ。
これらの物語が共通して示すのは、「正妻が不貞を裁く」という倫理観だ。婚姻の誓いを守ることを使命とする女神が、誓いを破り続ける夫の行為を裁くことには内的論理がある。しかし現代の神話学者の一部は、「嫉妬の女神」という固定像が後世のローマ的解釈によって強調された可能性を指摘する。ホメロス『イリアス』でのヘラは知略家であり、「嫉妬深さ」よりも「政治的な敵意」が動機だ。
Juneはなぜ6月?——ヘラ(ユノ)の名前が今も英語の暦に生きる理由
英語の「June(6月)」の語源は、ローマ神話の女神ユノ(Iuno)に遡る。オウィディウス『祭暦』(Fasti)第6巻の冒頭でユノ自身が「6月はわが名にちなむ」と語る。婚姻を司る女神の名が6月に結びついたことから、「ジューン・ブライド(June bride)」——6月に結婚した花嫁は幸福になる——という習慣が生まれた。日本でも「ジューン・ブライド」という言葉は広く知られている。
NASAの木星周回探査機「ジュノー(Juno)」(2016年木星軌道投入)もユノにちなむ。ジュピター(木星=ゼウス)の雲の下を覗き込む探査機に、最高神の妻ユノの名が付けられたのは、「ゼウスの秘密を見抜くヘラの監視眼」というメタファーを活用したものだ。
「エコー(echo)」という英単語もヘラ経由だ。山のニンフ・エコーがヘラに呪われて自分の声を失い、相手の言葉を繰り返すだけの存在になった——その名がそのまま音響用語になっている。ブランド名としても「Hera(ヘラ)」を冠するコスメブランドが複数存在し、女神の「気品・美・権威」のイメージが商業的に活用されている。
lamtART 

[…] ヘラ […]