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03/西洋文化の近代化

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第3回の内容を含みます

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「炎上」の裏にある暗黙のルール

前回便宜上「炎上」という言葉を使いましたが、現代のような突発的で挑発的な内容ではなく革新的立ち位置におり、注目され歴史に残るまでの事例を見ていきました。

授業冒頭では、なぜルールが存在し守らなければいけないのかを、制服という身近な例を使いディスカッションしていきました。既存の常識を破り革新性を求める場合のエネルギー量や持続的なミッションに立ち向かう必要を実感いただければと思います。

ルールで保護されるもの

パウロ・ウッチェロ「聖母子像」1440

ウッチェロは遠近法の前進となる図法を考案したルネサンス期の芸術家です。マザッチョらが線的遠近法を考案し世に広めた頃、ウッチェロも遠近法による表現に力を注いでいました。

しばしば顔を描くことが同年の芸術家と比べると物足りなさを感じてしまいます。しかし顔の描写の作り込み以上に、この芸術のフォーマットが本作を聖母子像と現代のわたしたちにまで伝えてくれるのです

コーパス・ドミニ・プレデラの一場面1465–1468

もしもこのフォーマットがなく、全ての聖母子像が仮に似顔絵のような正確性を必要とされていたら、限られた芸術家しか活躍することができず、ひいては宗教信仰の拡大につながらなかったかもしれません。

クライアントに振り回された例
ペルジーノ「愛欲と純潔の戦い」1503年

全ての芸術家がレオナルドのように卓越した技術を持ち合わせていればクライアントに強気でいられるでしょう。前回はそのような例をみてきました。しかし、大半の芸術家はそうではありません。

イタリアの巨匠、ピエトロ・ペルジーノが描いた本作はとても苦労がにじみ出ている作品でした。

ピエトロ・ペルジーノ『聖ペテロへの天国の鍵の授与』1481年-1482年 システィーナ礼拝堂収蔵)

ペルジーノといえば静謐な芸術が求められたルネサンス期において重要な芸術家の1人です。調和のとれた作品を特異としており、最高の大仕事であるシスティーナ礼拝堂の壁画装飾を任されるほどの人物でした。

ティツィアーノが描いた16歳の『イザベラ・デステの肖像』。美術史美術館所蔵

発注者はイザベラ・デステ、当時のイタリア情勢で政治的、外交的手腕を発揮した人物です。またその最先端のファッションセンスで、フランス王宮の女性たちにも影響を与えました。

彼女の指示は細部にまげこだわっていたことがいくつかの手紙でわかっています。しかしこれほど苦労したのに、仕上がりには満足されなかったのだとか。

常識からの逸脱と革新性

しかし、守るべきルールがある一方で、文化が次の時代へ進むためには、ルールを破らなければいけない時も存在します

歴史を振り返ると、文化が大きく変わるタイミングは大きく2つ。クライアント(パトロン)が変わった時社会の仕組みが変わった時でした。

【革新性が問われた時代の一例】
・ルネサンス:ペスト後の経済復興と新しいパトロンの登場。
・バロック:宗教改革によるカトリック教会の表現方針の変化。
・ロココ:ポンパドゥール夫人など、一部の趣味嗜好が大きな影響を与えた。

特に、産業革命以降は、科学の発展や写真の登場により、これまで頂点にあった「歴史画(神話・宗教画)」の価値観が崩れ、絵画そのものの存在意義が問われる時代に突入しました。ヒエラルキーの最下層にあった風景画や静物画が注目され始めたのも、この大きな「土台の覆り」の結果と言えるでしょう。

近代化による傾向の変化

近代以前の主題のヒエラルキー

印象派がなぜ風景画が多いのでしょうか?
それは1つに、近代以前の風景画のヒエラルキーが低く歴史的にほとんど残されていないことにあります。

かつての重要なパトロンは皇帝や教皇でした。教皇の発注は想像のとおり、自分たちの宗教の信者を拡大するための絵、つまり宗教絵画です。また皇帝の自室に飾られていたのは、その当時エリートの証であった神話の物語でした。古代ギリシャ神話を知っているということはつまりラテン語を読めるということであり、神話画は古代文字が読めて内容を理解できるほどに教養を身に着けていることの証でもあります。

さらに神を描いていることの荘厳さも相まって、絵画としての価値は高いものでした。

次に肖像画ですが、これはお見合い写真にあたります。政略結婚などを進めた一族では重宝され、互いに大きな絵を送り合うなどしていました。また遠方の家族に肖像画を送るなどもされていました。肖像画の中にはその人物の性格や志向を示すアイテムも描かれており、似顔絵とプロフィールの役割も果たしていたでしょう。

風俗画は16世紀オランダで新たにパトロンとなった市民が発注したものが主にあげられます。中産階級がお金を持ち寄ってで発注するような集団肖像画なども登場しました。

一方で風景画や静物画は、歴史画や肖像画の発注がない時期に芸術家が練習として残す場合があります。

近代化によりヒエラルキーが崩れる

しかし科学技術の発展や写真の登場、さらに写真によるメディアの展開も活発となり、少しずつ、絵画の価値そのものに疑問を持たれるようになりました。

近代化はもちろん絵画以外の存在価値も疑われるようになったため、様々な場面で未来の展望を議論する場が設けられました。近代化による積極的なディスカッションは、広義では後のフランス革命を呼び起こすことにもつながります。

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