美術史を学ぶことが、これからのデザインにどうつながるのでしょうか。
デザイン史で見てきたのは、産業革命以降の近代デザインを中心とした歴史です。そこから視野を広げ、古代から現代までの西洋美術と日本美術を扱います。ただし、作品名や年号を覚えるだけの授業にはしたくありません。作品を見るたびに、「この見方を、自分の制作にどう使えるだろう」と考えていきます。
その入口になるのが、今回の引き出しです。
ルールを知る人だけが、逸脱を設計できる。
良いデザインの「新しさ」は、何の上に成り立つのか
使いやすい。見た目が魅力的。ほかにはない独自性がある。良いデザインに必要だと思う要素を挙げると、いくつか候補があがりました。

学生の回答を振り返ると、使いやすさや見た目の魅力が目立ち、独自性も挙がっています。これにより、学生は普遍性を重要と感じながらも、独自性や新規性などにも大きく重きをおいているのだということがわかります。
ここで思い出したいのが、レイモンド・ローウィのMAYAです。「Most Advanced Yet Acceptable」、最も先進的でありながら、受け入れられるという考え方。新しさだけでなく、人が受け入れられることにも目を向けています。
見慣れた形には、使い方が想像できる安心感があります。一方で、見慣れたものだけでは、わざわざ選ぶ理由が弱くなることもある。何を残し、何を変えるか。その判断には、まず土台になっているルールを知る必要があります。
約1000年離れた聖母子から、同じところと違うところを探す
ここで、二つの聖母子を見比べてみましょう。


どちらも聖母マリアと幼いイエスを描いており、聖母がイエスを抱く姿や静態する箇所は類似が見られます。しかしこうして同じテーマの作品を並べてみると、単体では見られないそれぞれの特徴に気付かされるでしょう。人物の配置、身体の立体感、視線、周りに描かれているものなど。
共通点は、受け継がれた表現を考える手がかりになります。違いは、表現の変化を考える入口になります。ただし、違いのすべてが意図的な「逸脱」とは限りません。地域、用途、素材などの条件も考えたうえで、なぜ違うのかを調べていきます。
美術史から持ち帰る3つの視点――記号・視点・演出
美術史には、デザインに使えるどんな見方があるのでしょうか。今回は「記号」「視点」「演出」の三つから考えました。

記号:持ち物や形で、誰なのかを伝える
聖ペテロを見分ける代表的な持ち物に、鍵があります。このように、人物の識別に使われる持ち物などをアトリビュートと呼びます。見る人がその手がかりを知っていれば、説明を添えなくても人物を伝えられるわけです。
前期に見たピクトグラムも、形によって情報を伝える仕組みでした。宗教絵画と現代の案内記号は、用途も背景も異なります。それでも、「見る人が共有している知識を使う」という観点で比較できます。
ワーク3では、二つの聖母子から「人物が誰なのかを伝える手がかり」を選びました。続くワーク4では、持ち物や色、形で誰なのかが分かるマーク、アイコン、キャラクターを、身の回りから挙げてもらいました。作品で考えた仕組みを、日常の中へ持ち帰る練習です。
視点:見慣れたものを、別の単位で見る
ジョルジュ・スーラの点描は、近くで見ると細かな色の点が並び、離れると人物や風景として見えてきます。色を混ぜて塗るだけでなく、色を分けて置いたときに何が見えるのかを探究した表現です。

授業では、画面を拡大すると細かな赤・緑・青の要素が見えることも取り上げました。細部と全体を行き来するための比較ですが、点描とRGB表示は同じ混色の仕組みではありません。スーラからディスプレイ技術が直接生まれたという意味でもありません。
ここで学びたいのは、見方を変えるということです。一つの色面として見るのか、小さな色の集まりとして見るのか。観察する単位が変わると、表現の方法も変わります。
演出:一枚の作品を、体験の中に置き直す
中世の教会の絵や彫刻は、建物、光、音、祈りの行為と関わる場所に置かれていました。画像を一枚だけ切り離して見ると、その体験の一部が見えなくなります。
授業では、チームラボなどの没入型空間も手がかりにしました。目的や技術は異なっていても、光や空間が身体に働きかけるという観点から比較できます。作品の中に何が描かれているかに加えて、見る人が何を体験するのかを考える視点です。
桃太郎で考える、ルールという「共通の辞書」
ルールというと、表現を縛るものに感じるかもしれません。けれど、人物や物語の表し方には、人に伝えるための土台になる面もあります。
桃太郎を思い浮かべてください。犬、猿、キジ。「日本一」の旗や、きびだんご。こうした手がかりが組み合わされれば、描き方がリアルでも単純なイラストでも、桃太郎だと分かりやすくなります。
すべての手がかりが必須というわけではありません。どこを残せば、見る人が物語を思い出せるかということです。自分だけの桃太郎を作ろうとして、共有された手がかりをすべて外したら、桃太郎として伝わりにくくなるかもしれません。
ロゴやアイコンの制作も同じように考えられます。複数の人が作っても統一感を保つために、色や形の使い方を共有する。ルールは、人と人との間にある共通の辞書として働きます。
美術のルールを動かす3つの条件
作品の形は、作者の好みだけで決まるものではありません。今回の授業では、三つの条件を挙げました。
- 依頼主:誰が制作を依頼し、何を求めたのか。
- 技術と素材:何を使い、どこに、どんな方法で作れたのか。
- 社会の価値観:宗教、身分、法律、流行など、何が大切にされたのか。

依頼主が変われば、求められるものも変わります。道具が変われば、新しい表現が可能になります。価値観が変われば、以前は望まれなかった表現が受け入れられることもあります。私の『世界史で読み解く西洋絵画』でも、こうした社会の側から作品を見る方法を扱っています。
「誰の、どんな課題に応えた形なのか」。この問いを加えると、過去の美術作品と今のデザインの仕事がつながって見えてきます。
デューラーの《犀》――持っている型で、見たことのないものを描く
ゴンブリッチの『芸術と幻影』には、「スキーマと修正」という考え方があります。画家は何もないところから対象を写すのではなく、受け継いだ型や表現の枠組みを使い、それを対象と照らして修正していくという見方です。
授業では、デューラーの《犀》を例にしました。デューラーは生きたサイを直接見ず、届いた情報を手がかりに姿を表したとされています。大英博物館の解説

身体が鎧のように区切られ、実際のサイとは異なる特徴もあります。未知の対象を描くときにも、自分の持っている形の知識が働く。そのことを考えるための例です。
なお、個人の制作過程を説明するスキーマと修正を、時代全体のルールと逸脱やMAYAと、そのまま同じ理論として扱うことはできません。ただ、「何を受け継ぎ、何を変えたのか」という問いは、作品を考えるときに使えます。
良いデザインは7割の普遍性の上に3割の独自性を載せて成り立つ。美術史は、その7割(ルール)と、ルールの破られ方(逸脱)が2000年分残っている教材。つまり、独自性は普遍性を知ってから設計するもの。
