今回は、身体とプロダクトの関係、特に「握る」行為について考えていきます。
人間の手は、道具を扱うために高度に発達した身体の一部です。手のひら全体でしっかり握る場合もあれば、指先で細かく操作する場合もあります。プロダクトは、そのような手の動きに応じて、形や素材によって使い方を示しています。
よいプロダクトは、使い方を言葉で説明する前に、身体に向けて何らかの手がかりを出しています。どこを持てばよいのか。どの方向に動かせばよいのか。どれくらいの力を加えればよいのか。私たちは、多くの場合、それらを無意識に読み取っています。
器の形は、持ち方を教えている

まず、身近な器の例から考えてみます。
ティーカップ、日本茶の湯呑み、抹茶茶碗。いずれも飲み物を入れるための器ですが、形や素材、厚み、飲み口の広さは大きく異なります。そして、その違いは単なる見た目の違いではありません。私たちの手がどのように器に触れ、どのように口元まで運ぶのかを方向づけています。
重要なのは、これらの器が、必ずしも言葉で説明しなくても扱い方を示しているという点です。もちろん、紅茶や日本茶、抹茶には、それぞれの文化や作法があります。しかし、作法以前の段階でも、私たちは器の形を見て、どこを持てばよいか、どのように口元へ運べばよいかを判断しています。
プロダクトは、使い方を説明書だけで伝えるものではありません。形状、素材、厚み、重さ、温度の伝わり方によって、人間の身体に働きかけています。器の持ち方を考えることは、身体とプロダクトの関係を理解するための入り口になります。
人間の手は、道具を扱うための高度なインターフェースである

私たちは日常的に、ものを持つ、握る、つまむ、押す、引く、回すといった動作を繰り返しています。あまりに自然に行っているため意識しにくいのですが、手は道具を扱うために非常に複雑な動きができる身体の部位です。
その特徴の一つが、親指の対向性です。親指が他の4本の指と向かい合うように動くことで、私たちはものをしっかりつかむことも、細かく操作することもできます。たとえば、ハンマーを握るとき(パワーグリップ)と、ペン先を細かく動かすとき(プレシジョングリップ)では、同じ手を使っていても動き方は大きく異なります。
パワーグリップは、手のひら全体で対象物を包み込むようにして、力強く保持する握り方です。ハンマー、テニスラケット、自転車のハンドルなどを持つときの動きがこれにあたります。この場合、重要なのは安定性と力の伝達です。手のひらと指全体を使うことで、対象物をしっかり固定し、大きな力を加えることができます。
一方、プレシジョングリップは、指先を使って細かく操作する握り方です。ペン、ピンセット、スマートフォンの端、細かな部品などを扱うときに見られます。ここでは、大きな力よりも、繊細な調整や正確な位置決めが重要になります。指先の感覚を使いながら、対象物を少しずつ動かすような操作です。
この二つの握り方は、プロダクトデザインにとって重要な前提になります。なぜなら、道具の形は、それをどのような手の動きで扱うのかによって変わるからです。
シグニファイアとアフォーダンス

ここで、プロダクトデザインを考えるうえで重要な二つの概念を整理します。
それが シグニファイア と アフォーダンス です。
どちらも、ものの使いやすさを考えるときによく登場する言葉です。ただし、この二つは似ているようで、示している範囲が異なります。混同しやすいため、まずは分けて理解することが大切です。
シグニファイアとは、ユーザーに対して「ここを触ればよい」「この方向に動かせばよい」と知らせる手がかりのことです。視覚的な形、素材の違い、くぼみ、突起、音、表示などがそれにあたります。
たとえば、ドアに平らな板が付いていれば、そこを押すものだと判断しやすくなります。反対に、棒状のハンドルが付いていれば、そこに手をかけて引くものだと判断できます。このように、シグニファイアは、操作の仕方を人に伝える知覚可能なサインです。

一方、アフォーダンスは、物と主体の関係において生じる行為可能性を指します。簡単に言えば、「その人や生物にとって、その物がどのような行為を可能にするか」という考え方です。
アフォーダンスは物だけに固定されている性質ではありません。物と、それを扱う主体との関係のなかで生まれます。人間の身体、能力、経験、目的が変われば、同じ物でも異なる意味を持つことがあります。
プロダクトデザインでは、使う人が行為の可能性を読み取りやすいように、形状や素材によって手がかりを設計する必要があります。つまり、デザイナーは単に「使えるもの」を作るだけではありません。「どう使えばよいかが分かるもの」を作る必要があります。
形状・素材・記憶が操作を指示する
プロダクトの形状、素材、そして使う人の記憶も、操作を知らせる手がかりになります。
形状によるシグニファイア
たとえば、道具にくぼみがあれば、そこに指を置くのだと判断しやすくなります。膨らみがあれば、手のひらで包み込むように持つことを促します。太さは握り方を変え、穴の大きさは、どの指を入れるべきかを示します。

素材によるシグニファイア
素材は、触れた瞬間に多くの情報を伝えます。硬いのか、柔らかいのか。滑りやすいのか、摩擦があるのか。冷たいのか、温かいのか。こうした感覚は、使う人の身体に対して、どのように扱えばよいかを知らせます。

記憶によるシグニファイア
人は、目の前のプロダクトをまったく初めてのものとして見ているわけではありません。過去に使った道具や、日常で繰り返してきた動作の記憶をもとに、「これはこう扱うものだろう」と判断しています。デザインは、この身体的な記憶を利用することがあります。

このように、シグニファイアは一つの要素だけで成り立つものではありません。形状が指の位置を示し、素材が触れ方を示し、記憶が操作の方向を示します。プロダクトは、こうした複数の手がかりを組み合わせながら、使う人の身体に働きかけています。
逆にいえば、これらの手がかりが不足していたり、互いに矛盾していたりすると、使いにくさが生まれます。次に、シグニファイアがうまく働かない場合に、どのような混乱が起こるのかを見ていきます。
シグニファイアが失敗すると、使いにくさが生まれる
シグニファイアがうまく働いているとき、私たちはほとんど迷わずにプロダクトを使うことができます。どこを持つのか、どこを押すのか、どちらに動かすのか。そうした判断が自然にできるため、操作そのものを強く意識する必要がありません。しかし、シグニファイアが不足していたり、実際の操作と矛盾していたりすると、使う人は迷います。
その代表的な例としてよく知られているのが、ノーマンドア です。

A 押すと引くが同じ作りのドア
B,C 目に見えるシグニファイアがなく、やってみなければわからない
ノーマンドアとは、押すのか引くのかが直感的に分からないドア、あるいは見た目が実際とは逆の操作を促してしまうドアのことです。
たとえば、押して開けるドアに、引きたくなるような大きなハンドルが付いている場合を考えてみます。使う人は、ハンドルを見て「引くのだろう」と判断します。しかし実際には押さなければ開きません。このとき、使う人が間違えたというよりも、ドアの形状が誤った手がかりを出していると考えることができます。
「PUSH」「PULL」と文字で書かれていれば、最終的には操作できるかもしれません。けれども、文字を読まなければ分からない状態は、形状そのものが十分な手がかりを示していないともいえます。

またホテルの洗面台の排水口を例にあげました。排水口が閉じているとき、どこを押せば開くのか、どこを引けばよいのか、見た目から分からない場合があります。触るべき場所が直感的に示されていなかったりすると、使う人は試行錯誤することになります。
シグニファイアの失敗は、単なる不便にとどまりません。
操作を間違える、時間がかかる、不要な力を加える、壊してしまうのではないかと不安になる。こうした小さな混乱は、日常のなかで積み重なります。
さらに、状況によってはヒューマンエラーにもつながります。
使う人に「正しく使ってください」と求めるだけではなく、そもそも正しく使いやすい状態をどのように作るのか。迷いにくく、誤操作しにくく、身体が自然に理解できる形をどのように設計するのか。そこに、プロダクトデザインの役割があります。
安全のために、直感をあえて裏切るデザイン
すべてのデザインが直感に従えばよいわけではありません。ときには、直感的な操作よりも、安全性を優先する必要があります。
AT車のギアチェンジ
車の操作では、「前に進む」「後ろに下がる」という方向感覚が重要です。直感的には、前進する操作は前方向に、後退する操作は後方向に動かすものだと考えたくなります。しかし、実際のギア操作では、必ずしもその直感どおりには配置されていません。
ここで重要なのは、車の操作が単なる日用品の操作とは異なり、誤操作が大きな危険につながるという点です。
走行中に意図せず危険なギアに入ってしまうことを避けるため、操作の配置には安全上の配慮が含まれます。つまり、身体の直感にそのまま合わせることよりも、危険な操作が起こりにくい構造にすることが優先される場合があるのです。
水道のシングルレバー水栓
現在よく見られるシングルレバー水栓では、レバーを上げると水が出て、下げると水が止まる形式が一般的です。直感だけで考えると、「下に下げると水が落ちてくる」と感じる人もいるかもしれません。実際、かつては下げると水が出る形式も存在していました。
しかし、地震などで上から物が落ちたとき、レバーが下がることで水が出続けてしまう可能性があります。そのため、落下物が当たった場合でも水が止まりやすい方向、つまり下げると止まる方式が安全面から合理的だと考えられるようになりました。
この例から分かるのは、デザインにおける「分かりやすさ」と「安全性」は、必ずしも同じ方向を向くとは限らないということです。
分かりやすさだけを優先すれば、身体の直感に沿った操作が望ましい場合があります。しかし、安全性を優先する場面では、あえて直感とは異なる操作を採用することで、事故や誤作動を防ぐことがあります。
そのバランスをどのように設計するかが、身体とプロダクトの関係を考えるうえで重要になります。
よいプロダクトは、身体との対話を設計している
プロダクトデザインは、形を整える作業にとどまりません。それは、人間の身体がどのように動き、どのように判断し、どのように記憶を使うのかを観察することでもあります。
使いやすいプロダクトは、身体に対して一方的に命令するのではなく、静かに手がかりを差し出しています。
身体とプロダクトの関係を考えることは、日用品を見る目を変えることでもあります。身の回りの道具を観察すると、そこには多くの小さな指示が隠れています。デザインを学ぶうえでは、その指示を読み解くことが、重要な出発点になります。
