デザインのルーツと虚像を読み解く

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「作れない形がない時代」に何が問われるか

プロダクトデザインの現場では、かつて「作れない形」が存在していました。素材の強度、加工技術の限界、製造コストの制約——これらの条件がデザインの輪郭を自然に決めていた時代です。

しかし現代は、その前提が大きく変わりつつあります。

3Dプリンティング技術の発展により、有機的な曲面構造や複雑な内部形状を持つプロダクトが現実のものになりました。トウモロコシ由来の素材を使った3Dプリント建築、折り紙の原理を応用した軽量傘、折りたたみ式の医療用ギプスなど、物理的制約を超えた提案が各分野で登場しています。

この変化は、デザイナーに新たな問いを突きつけます。

「なぜ、無数の選択肢の中から、あなたはその形を選んだのですか?」

素材や加工技術が形を決めていた時代には、「この素材ではこの形しか作れない」という論拠がありました。しかしその制約が消えたとき、デザイナーは自らの形の選択に対して、歴史的・機能的・心理的な根拠を言語化する力が求められます。直感や流行を根拠にした提案は、説得力を持ちにくくなります。

本授業では、この問いに向き合うための視点——形に宿る記憶、機能的必然性、そして設計責任——を、具体的な事例を通じて学んでいきます。


モノの形に宿る「記憶」と「亡霊」

私たちの身の回りには、本来の機能的根拠を失いながらも、形だけが残り続けているデザインが数多く存在します。ある素材や構造に由来する形態が、その素材・構造がなくなった後も装飾的・慣習的に継承される現象を指します。認知科学者のドナルド・ノーマンは、「新しいものへの恐怖を克服する一つの方法は、それを古いものに似せて作ることである」と述べております。

① LED電球とエジソンの「亡霊」

現代のLED電球は、技術的には数ミリ角のチップが数個あれば照明として機能します。しかし市場に流通する製品の多くは、19世紀にトーマス・エジソンが開発した白熱電球のシルエットを踏襲しています。これは、旧来のソケット規格との物理的互換性という実用的理由もありますが、それ以上に「これが照明器具である」という直感的な認識を使用者に与えるための形態的継承でもあります。全く異なる形状のLED照明を新たに提案する場合、使用者はその使い方を一から学び直す必要が生じます。

② QWERTY配列と「指先の記憶」

現在のパソコンやスマートフォンで標準的に使われているQWERTY配列は、タイプライター時代の機械的制約から生まれました。タイプライターでは、各キーに対応するハンマーが一点に向かって放射状に配置されており、高速タイピング時にハンマー同士が絡まるという問題がありました。この問題を緩和するため、頻出する文字を意図的に離して配置したのがQWERTY配列の起源です。つまり、人間の速度を機械に合わせるために設計された配列です。

その後、機械的制約が解消されたデジタル時代には、頻出文字をホームポジションに集中させたDvorak配列など、より合理的な配列が複数提案されました。しかしいずれも世界標準にはなりませんでした。すでに何億人もの指先に刻まれたQWERTYの記憶が、合理性を上回ったのです。

③ デジタルアイコンに残る物理世界の痕跡

パソコンの操作画面に並ぶアイコン類も、スキューモーフィズムの代表例です。「フォルダ」アイコンは紙の書類を分類していた時代の慣習を引き継ぎ、「保存」アイコンはSSDやクラウドが主流となった現在でもフロッピーディスクの形を模しています。「電話」アイコンは、すでに大半の人が使ったことのない受話器の形を維持し続けています。

これらの形は、機能的には不要です。しかし「直感的にその操作が何を意味するか」を伝えるための視覚的な共通言語として、現在も有効に機能しています。


これらの事例が示すのは、デザインの形が「現在の技術」だけによって決まるわけではないという事実です。形には、過去の技術・習慣・心理が堆積しています。デザイナーが新しい形を提案するとき、この「亡霊」の存在を理解しているかどうかが、ユーザーへの浸透速度を大きく左右します。

LookからObserveへ

全ての形には「見えないバトン」がある——機能的必然性の観察

一方、私たちの身の回りには、現在進行形で明確な機能的根拠を持つ形が数多く存在します。それらは一見すると装飾や偶然の産物に見えますが、注意深く観察すると、物理・力学・行動科学に基づいた必然的な理由があります。

授業ではこれを「全ての形には見えないバトンがある」という言葉で表現しています。デザイナーには、この「見えないバトン」を読み解く観察力が求められます。以下に、授業で取り上げた4つの事例を紹介します。

事例① ガラス窓の衝突防止用鋲

サービスエリアや商業施設のガラス窓に、丸い鋲が2列に配置されているのを見たことがあるでしょうか。これは衝突防止用の鋲です。透明なガラス面は視覚的に「空間」として認識されやすく、気づかずに激突する危険があります。鋲を2列配置しているのは、大人の目線と子どもの目線、それぞれの高さに対応するためです。

装飾に見えるこの小さな突起には、利用者の身体寸法と行動特性を踏まえた明確な安全設計の意図があります。

事例② 駅ホームや電柱に設置されたトゲ

駅のホーム天井や信号機の上部など、特定の箇所にトゲ状の突起が設置されているのを目にしたことがあるでしょうか。これはバードスパイク(鳥除けマット)と呼ばれる鳥害防止製品です。カラスや鳩などが止まりやすい場所に設置することで、糞害や騒音を防ぎます。

設置場所の選定には、鳥の行動特性(止まりやすい水平面・突出部)と、その真下に人が通行・滞留するかどうかという空間的文脈の観察が必要です。

事例③ 炭酸飲料ペットボトルのペタロイド形状

炭酸飲料のペットボトルの底を裏返すと、花びら状の凹凸が並んでいます。これをペタロイド形状と呼びます。一方、お茶や水のペットボトルの底は平らです。

この違いは、炭酸ガスによる内圧への対応から生まれています。炭酸飲料は封入された炭酸ガスにより容器内部に強い圧力がかかります。底が平らな形状では、この圧力によって底面が外側に膨らみ、自立できなくなります。ペタロイド形状はこの変形を防ぐために、応力を複数の曲面に分散させる構造になっています。

見た目には不規則に見えるこの底の形状は、流体力学と素材工学の観点から導き出された機能的必然の産物です。

「見えないバトン」を読み解く力

これら4つの事例に共通するのは、表面的な形の背後に、物理・行動・生物といった領域の論理が存在するという点です。前章が「過去の記憶が形を決める」事例だとすれば、本章の事例は「現在の機能的必然が形を決める」事例です。

デザイナーに求められる観察力とは、こうした「見えないバトン」を日常のあらゆる場所から読み取り、自らの設計判断の根拠として活用できる能力を指します。

ヒューマンエラーはデザインの敗北である——ノーマンの主張

日常生活の中で、「自分の不注意でミスをした」と感じた経験は誰にでもあるでしょう。ATMでカードを取り忘れた、ゴミ箱に袋ではなく本体を捨ててしまった、車のドライブとリアを誤操作した——。こうした出来事は一般に「ヒューマンエラー(人的ミス)」として個人の責任に帰結されがちです。

しかし認知科学者のドナルド・ノーマンは、著書『誰のためのデザイン?』の中でこの認識を根本から問い直しています。ヒューマンエラーの多くは、デザインが人間の特性に対応できていないことが原因である——これがノーマンの中心的な主張です。

人間と機械の特性の「差異」

ノーマンは、人間と機械の特性の違いを以下のように整理しています。

デザインの役割は、この両者の特性の「差異」を埋めることにあります。人間の特性を無視し、機械の論理に人間を合わせることを強いるデザインは、必然的にエラーを生み出します。

ヒューマンエラーの分類

ノーマンはヒューマンエラーを大きくスリップ型ミステイク型に分類しています。

テプラ問題の例——「5つのなぜ」で根本原因を探る

知識ベース型ミステイクの具体例として、授業ではテプラ問題が取り上げられました。

大手コンビニチェーンに導入されたセルフ式コーヒーマシンで、カップサイズの表記に「L」と「R」が使われていました。利用者の多くが「L=Large(大)、R=Regular(普通)」ではなく「L=Left(左)、R=Right(右)」と解釈し、注文を誤るケースが頻発。最終的に店舗スタッフがラベルライター(テプラ)で手書きの補足説明を貼り付けることになった事例です。

この問題をトヨタ生産方式の「5つのなぜ」(Whyを5回繰り返すことで根本原因を特定する手法)で分解すると、以下のように整理できます。

ノーマンの主張に照らせば、この問題の責任は「LとRの意味を知らなかった利用者」にあるのではなく、利用者の知識と行動特性を設計に反映しなかったデザインにあるということになります。

Q1.なぜ間違えた?
A1.「LとR=左右(Left/Right)」という認識は浸透していても、「LとR=サイズ(Large/Regular)」という認識は浸透していなかったから

Q2.なぜ浸透していない表記を使った?
A2.誰にでも一目でわかる補助的な手がかり(シグニファイア)を、デザインからすべて排除してしまったから

Q3.なぜ誰にでもわかる表記を排除した?
A3.ミニマルで美しいデザインを阻害するノイズと判断し、スタイリッシュさを優先しすぎてしまったから

Q4.なぜスタイリッシュさを優先した?
A4.コンビニで出来立てのコーヒーが飲めるという、当時新しいライフスタイルを提案する取り組みとして発足したから

Q5.なぜ新しいライフスタイルの提案が混乱を招いた?
A5.非日常の美意識を優先するあまり、あらゆる年齢・認知能力の人々が高速で回転するという環境文脈を無視してしまったから

デザイナーが取るべき姿勢

ノーマンは「ヒューマンエラーは根本原因ではない。それは調査の終点ではなく、発展のシグナルに過ぎない」と述べています。操作ミスや不注意を個人の問題として処理するのではなく、「なぜそのエラーが起きたのか」を観察・分析し、設計に反映していくことがデザイナーの責任です。

この観点は、プロダクトデザイナーに限らず、エンジニア・マーケター・製造部門など、プロダクト開発に関わるすべての職域に共通します。デザイナーの役割はその中で、人間の認識・行動特性と機械の論理の差異を、形として解決することにあります。


デザイナーに求められる「観察・問い・語る力」

本授業では、「形の必然性を語る力」をテーマに、3つの視点から現代デザインを読み解きました。

1に、過去の技術・習慣・心理が形として継承されるスキューモーフィズムを学びました。QWERTY配列やLED電球の事例が示すように、形には時代の記憶が堆積しており、デザイナーはその歴史的文脈を理解した上で、新しい形を提案する必要があります。

2に、日常の中に潜む機能的必然性を観察する力を取り上げました。ガラス窓の鋲、芝生の踏み跡、バードスパイク、ペタロイド形状——いずれも表面的には気づきにくいですが、注意深く観察することで、物理・行動・生物的な論理を読み取ることができます。

3に、ドナルド・ノーマンの主張をもとに、ヒューマンエラーはデザインの設計責任であるという視点を学びました。テプラ問題と「5つのなぜ」の分析が示すように、エラーを個人の不注意として処理するのではなく、設計の根本原因として問い直すことがデザイナーに求められる姿勢です。

「守破離」という学びの地図

授業ではこれらの視点を、日本の武道・芸道に由来する守破離の概念と接続しています。「守」では師の型・先人の知恵を正確に習得する。「破」では習得した型を応用・改善できるようになる。「離」では独自の技術・提案を創造できるようになる——この3段階が、デザイナーとしての成長の地図となります。

形の歴史を知ること(守)、日常を観察して機能的必然を読み解くこと(守から破へ)、そして「なぜその形を選ぶのか」を自分の言葉で語れること(破から離へ)。本授業はこの道筋を、全15回を通じて実践的に辿っていく場です。

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