ターナーの絵には、なぜ輪郭がはっきりしないものがあるのでしょう。雨や光に包まれ、船も建物も溶けていくように見える。それでも、何も描かれていないわけではありません。そこには古代の都市があり、火災があり、奴隷貿易の暴力があり、蒸気機関車が走っています。
英国の画家J・M・W・ターナー(1775〜1851年)の魅力は、光を美しく描いたことだけではありません。光や大気の表現を通して、人間の営みや、変わりゆく世界を風景画に描いたことにあります。代表作を手がかりに、「何がすごいのか」「ぼんやり見える絵をどう見るのか」「印象派とどう違うのか」をたどります。
この記事はAIが執筆しています。
目次
ターナーとは? 風景画で歴史まで語ろうとした画家
「光の画家」は、水彩と油彩の両方で実験した
ターナーはロンドンに生まれ、英国の風景画を大きく変えた画家です。油彩だけでなく水彩でも活躍し、旅先の観察を作品へつなげました。若い頃には建築や地形を細かく描く技術を学んでいます。晩年の曖昧な形だけを見て、初めから細部を描かなかった人と考えると、その変化を見失います。
1802年にはロイヤル・アカデミーの正会員になりました。美術界の外で孤独に描き続けた、というだけの人物ではありません。権威ある発表の場で評価を得ながら、鮮やかな色や実験的な描き方によって批判も受けた画家です。確かな技術と、見る人を戸惑わせる表現が、一人の中に同居していました。〔1〕
風景を、人間の物語の背景で終わらせない
当時の美術では、神話や聖書、歴史上の出来事を描く「歴史画」が高く評価されました。ターナーは、風景画をそれに匹敵するものへ高めようとしました。人の表情や身ぶりだけでなく、港や山や海の広がりによっても、大きな物語を語れるのではないか。その挑戦です。〔2〕
ここを押さえると、ターナーの作品を「きれいな景色の絵」として見るだけでは足りない理由が分かります。人物が小さくても、物語が小さいとは限りません。建物が栄え、自然が人を圧倒し、新しい機械が景色を変えていく。風景そのものが、人間の置かれた状況を伝える役割を担っています。
《ディド、カルタゴを建設する》は古典への挑戦

1815年の《ディド、カルタゴを建設する》は、ウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』に由来する油彩画です。ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵しています。北アフリカに都市を築いた女王ディドの物語を、港の風景として描きました。
手本となったのは、17世紀の画家クロード・ロランです。同館の解説によれば、ターナーはクロードの港の絵に匹敵する作品を目指し、遺言でも自作をその作品と並べるよう求めました。新しい表現に挑むことと、過去の絵画を深く学ぶことは、対立していなかったのです。古代の港を見るときには、そこに暮らす人々と都市全体の大きさを比べてみてください。風景の規模が、物語の受け取り方を変えることに気づけます。〔3〕
なぜぼんやり見える? 光と大気を描くための選択
旅先の景色は、アトリエでもう一度組み立てられる
ターナーは英国各地やヨーロッパを旅し、鉛筆で景色を描き、色を書き留めました。ただし、完成した油彩画をすべて現地で描いたわけではありません。旅の素描をもとに、主にアトリエで制作しました。観察したものを、そのまま写す作業だけではなかったのです。〔4〕
景色から何を選び、何を強め、どう並べるか。完成作には、その判断が加わります。目の前の眺めに忠実かどうかだけで作品を採点すると、絵がどのような経験をつくろうとしているのかを取りこぼします。実在する場所を描いた絵でも、地図や写真と同じ役割を求める必要はありません。この違いは、写真がある時代にも絵を描く意味を考えるときにも役立ちます。
輪郭を追う前に、明るさの広がりを見る
ターナーの特徴をつかむには、まず光と大気に目を向けましょう。何が描いてあるかを急いで当てる前に、どこが明るく、どこが暗いか。その境目が、物の輪郭と重なるか、そこからはみ出しているかを見ます。
明暗を見たあとで船や建物を探すと、形を描く線だけが画面を支えているのではないと分かります。光の強さ、色のまとまり、筆の跡も、見る順番を導きます。「ぼかしている」という一語で済ませず、どの部分は読めて、どの部分はつかみにくいのかを比べる。これは本稿から提案する鑑賞の方法です。輪郭が弱まることで、距離や湿気、動きの印象が強くなる場合があります。
《光と色》には、聖書の物語が残っている

1843年の油彩画《光と色(ゲーテの理論)――大洪水の翌朝、創世記を書くモーセ》は、テートの所蔵です。長い題名には、色彩を論じたゲーテと、聖書の大洪水、そしてモーセが一緒に登場します。〔5〕
光や色の効果が強い作品でも、主題がなくなったとは限りません。題名を読まずに形だけを見る場合と、物語を知って見る場合では、同じ画面から探すものが変わります。「何も描いていない抽象画に近づいた」と一直線に整理せず、色の実験と物語が同じ画面にあると考えてみましょう。古典的な題材を持ち続けたまま、見せ方を大きく変えたところに、ターナーの面白さがあります。
美しい光の中に、火災と奴隷貿易の暴力がある
《国会議事堂の火災》は、災害をそのまま写した絵ではない

クリーヴランド美術館の《国会議事堂の火災、1834年10月16日》は、1835年の油彩画です。題名にあるのは事件の日付で、制作年とは異なります。ターナーは同じ火災を二つの油彩画に描き、もう一作はフィラデルフィア美術館が所蔵しています。〔6〕
クリーヴランドの所蔵館解説は、ターナーが炎の高さを誇張したことを指摘しています。実際の事件を出発点に、人間を圧倒する破壊の力を見せたのです。ここでの光は、安心できる明るさではありません。人を引きつける色彩と、人間の力では抑えきれない災害が重なる。「美しい」と「恐ろしい」が同時に成り立つ絵として見ると、光の意味が変わります。
《奴隷船》の海は、美しいだけでは見終われない

1840年の《奴隷船》は、ボストン美術館所蔵の油彩画です。正式な題名は、奴隷商人が死者や瀕死の人々を海へ投げ込み、台風が近づく状況を示しています。所蔵館は、自然の激しさと人間の暴力を、色と光が結びつけた作品として解説しています。〔7〕
背景にあるのは、1781年に英国の奴隷船ゾング号で起きた虐殺です。乗組員は奴隷にされた人々を海へ投げ込み、船の所有者は保険金を請求しました。ただし、絵は事件現場の目撃記録ではありません。詩や史実をもとに組み立てた作品です。嵐の表現と実際の事件を、同じ記録として扱わないことが大切です。〔7・8〕
風景の中で、誰の行為が見えにくくなっているか
ゾング号をめぐる1783年の裁判で争われたのは、殺人の刑事責任ではなく保険金の支払いでした。人を所有物として扱う制度が、人間の死を金銭の争いへ変えてしまう。その構造を知ると、《奴隷船》の題名はずっと重く響きます。〔8〕
嵐で人が死んだ話なのか、人が人を海へ投げ込んだ話なのか。その違いを、自然の迫力で消してはいけません。光に心を動かされたあと、画面と題名に戻って、人間が何をしているかを確かめる。この見る順番が、美しさを背景の歴史へつなぎます。ターナーを「光の画家」と呼ぶとき、その光が照らしている社会まで見ておきたいのです。
《戦艦テメレール号》と《雨、蒸気、速度》が描く時代の変化
解体へ向かう軍艦を、夕日の中で描く

《戦艦テメレール号》は1839年の油彩画で、ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵しています。1805年のトラファルガー海戦で活躍した軍艦が、1838年に解体のため曳航された出来事を描いています。〔9〕
船の最後の旅と、沈む太陽。その組合せは、役目を終えるものを考えさせます。ただし、これは現場の忠実な再現ではありません。実際の船はマストなどを外され、二隻の蒸気船に曳かれていました。絵の姿には、ターナーの再構成が加わっています。役目を終えた軍艦をどう記憶するか。その問いを含む作品として読むと、古い帆船と新しい蒸気船の対比が、単なる乗り物の違い以上の意味を持ちます。〔9〕
《雨、蒸気、速度》では、橋の奥行きが速さをつくる

1844年の《雨、蒸気、速度――グレート・ウェスタン鉄道》も、同館所蔵の油彩画です。描かれた鉄道橋は、ブルネルが設計したメイデンヘッド橋。機関車は雨の中を進んできます。
所蔵館が見る手がかりとして挙げるのは、橋の奥行きの表現です。遠方へ急激に縮まっていく形が、列車の接近と速度を感じさせます。細部を全部はっきり描かなくても、方向と距離の関係が強ければ動きは伝わる。ここでは大気の曖昧さと、橋がつくる構図を一緒に見ることができます。〔10〕
蒸気機関を描いたからといって、文明批判とは限らない
二枚を並べると、蒸気は古い時代を終わらせる力にも、新たな速度を生む力にも見えます。けれども、ターナーを機械嫌いと決めつけることはできません。ナショナル・ギャラリーは、彼が新しい交通手段を利用し、産業や技術に関心を持っていた点から、《雨、蒸気、速度》を近代化への拒絶と読むことに留保を示しています。〔10〕後のモネ《サン=ラザール駅》と見比べると、鉄道と蒸気が画家に与えた題材の広がりも考えられます。
ターナーは印象派? 後世の評価と本人の制作を分けて見る
光への関心はつながるが、同じ運動の画家ではない
ターナーは、一般にロマン主義の画家として位置づけられます。印象派そのものの一員ではありません。光や大気への関心から、後に続く印象派とのつながりが語られてきましたが、「モネのような絵を先に描いた人」だけで説明すると、古典や歴史への関心が抜け落ちます。〔4・12〕
港に立つ女王、解体される軍艦、海へ投げ込まれた人々。ここまで見た作品には、それぞれ具体的な主題があります。絵の見た目が後世の作品に似ていることと、作者が同じ課題を持っていたことは別です。後の絵画との共通点を楽しみながら、ターナーが自分の時代に選んだ題材へも戻ってみましょう。
「完成して見える」と、画家が完成させたことは違う

イェール英国美術センターの《インヴァレリーの埠頭、ファイン湖、朝》は、1845年頃の油彩画です。所蔵館は「おそらく未完成」としています。光を追う制作の魅力を感じても、その見え方だけで完成作と決めることはできません。〔12〕
メトロポリタン美術館の解説によれば、1906年に晩年の未完成油彩画の一群が公開されると、近代の批評家たちは抽象的な表現に注目しました。ターナーの新しさは、生前の発表作だけでなく、後世の人が残された作品をどう見たかによっても形づくられています。〔2〕
作品名を読んだあと、もう一度光を見る
ターナーの絵を楽しむときは、最初からすべてを解読しようとしなくても大丈夫です。まず明暗や色の動きを感じる。次に題名を読み、何が起きているのかを知る。最後に画面へ戻る。この往復で、初めに美しいと思った光の意味が変わるかもしれません。
形を省けば伝わる内容が減る、とも限りません。省いたことで、速度や距離、圧倒される感覚が強くなる場合があります。ただし、その効果をつくるには、何を残すかの判断が必要です。ターナーの作品は、描写の量と、伝わる経験の強さが同じではないことを考える材料になります。次に一枚を見るときは、何が曖昧なのかと同時に、何が強く伝わってくるのかを探してみてください。
出典
画家と初期・中期の作品
〔1〕Wallace Collection:Who was Turner?
〔2〕Metropolitan Museum of Art:J. M. W. Turner
〔3〕National Gallery:《Dido building Carthage》
〔4〕Moderna Museet:J.M.W. Turner
〔5〕ACMI:《Light and Colour》作品記録
〔6〕Cleveland Museum of Art:《国会議事堂の火災》
社会と晩年の作品
〔7〕Museum of Fine Arts, Boston:《Slave Ship》
〔8〕London Museum:The Zong Massacre Trial
〔9〕National Gallery:《The Fighting Temeraire》
〔10〕National Gallery:《Rain, Steam, and Speed》
〔11〕Museum of Fine Arts, Boston:Turner’s Modern World
〔12〕Yale Center for British Art:《Inverary Pier, Loch Fyne: Morning》



