なんで昔の作品は裸体ばかり描かれてるのかわからない。
ありがたいことに視聴者さんや学生から時々、アートに関する質問をいただいていました。都度、簡単に答えていましたが、せっかくなのでテキストでまとめてみようかと思います。
現代の画家でも、女性の裸体を描く場合がありますよね。しかし、日常の光景とかけ離れていて、ぎょっとするかもしれません。TikTokでは、裸体や性的行為は原則として禁止され、衣服を着ていても、局部を強調する撮り方などが規制の対象になることがあります。ただし、芸術や性教育などには限定的な例外もあり、文脈によって扱いは異なります。※1
私たちの時代には、こうした規制が身近なサービスのルールとして明示されています。では、かつては裸体の表現に厳しくなかったのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません。有名な例が、ミケランジェロの《最後の審判》です。1564年には、わいせつとされた一部の人物像を覆うことが決まり、布を描き加える仕事がダニエーレ・ダ・ヴォルテッラに託されました。※2
それでも、昔の作品には裸体が数多く見られます。では、一体なぜだったのでしょうか。1つは、西洋美術において人の体、とりわけ裸体が、美しさや神話、信仰、欲望を表すための重要な題材だったからです。 さらに、人体を描くこと自体が画家の訓練にもなりました。そしてもう1つは、西洋絵画の閉鎖的な鑑賞文化も関わっていると考えられます。それぞれ紐解いていきましょう。
目次
古代ギリシャでは、男性の裸体が理想を表した

裸体と聞くと女性を思い浮かべるかもしれませんが、古代ギリシャでは男性の裸体もとても重要でした。競技する男性の体は、強さや栄誉と結びつき、神や英雄を表す像にも取り入れられています。
ヌードが初めて重要な位置を占めたのは古代ギリシャの芸術においてであり、そこでは宗教祭典における運動競技を通じて、人間の身体、とりわけ男性の身体が比類ない形で称賛されていた。(中略)聖域には裸の運動選手の像が供物として安置され、運動選手のような体つきの裸像は、ギリシャ宗教の神々や英雄たちを表現していた。 ※3
古代オリンピックに代表されるように、宗教祭典で行われる運動競技では、男性の選手たちが裸で競い合っていました。現代でも、オリンピックの金メダリストは、その競技能力だけでなく、生き方や姿も含めて人々の憧れの存在になることがありますよね。
裸体が不名誉や敗北と繋がる例「アダムとイブ」

ここまでは、古代ギリシャで裸体が栄光と結びつく例を見てきました。しかし、もう少し視野を広げると、裸体は必ずしも肯定的に受け止められてきたわけではありません。他の文化では、不名誉や敗北と結びつけられる場合もありました。※3
裸体が恥と結びつく、よく知られた例が、聖書の「アダムとイブ」の物語でしょう。最初の男女であるアダムとイブは、蛇にそそのかされ、神に禁じられていた木の実を食べます。すると、自分たちが裸だと気づき、体を覆います。のちに楽園から追放されますが、裸であること自体が追放の原因だったわけではありません。裸体をめぐる意味は、このように文化や物語によっても変わるのです。
女性の裸体像には、欲望や出産への祈りも重ねられた

古代ギリシャでは男性の裸体が理想と結びつきましたが、女性の裸体像の歴史は、それよりはるか以前の先史時代にまでさかのぼります。
先史時代には、胸やお腹、腰などを強調した女性像が作られています。豊穣や出産と関連づける解釈がありますが、制作の目的がすべて明らかになっているわけではありません。※4
その後の古代メソポタミアでは、性的な愛や戦いを司る女神イシュタルが信仰されました。愛の女神と聞くとロマンチックに感じますが、その役割には性的な欲望や魅力も含まれていたのです。※5
また、日本にも国宝《縄文のビーナス》と呼ばれる土偶があります。妊娠した女性の姿を表現しており、安産祈願や子孫繁栄を願うまつりに使われたと考えられています。※6
これらの例を見ると、女性の裸体像には、生命の誕生や身体への関心も重ねられてきたと考えられます。古代ギリシャの男性像とは、異なる背景も見えてきますね。
《ヴィーナスの誕生》では、裸は女神を表す

ギリシャ神話に登場する愛の女神アフロディーテ。ローマ神話ではヴィーナスに対応します。古代ギリシャでは長く衣服をまとった姿で表されていましたが、紀元前4世紀半ば、プラクシテレスの《クニドスのアフロディーテ》が登場し、女性の裸体像に新しい伝統を与えました。男性アスリートの裸体像と同じように、女性の体にも理想的なプロポーションが追求されたのです。※3
さらに時代を下り、ルネサンスのボッティチェリ《ヴィーナスの誕生》(1485年頃)では、古代彫刻を参照した女神の姿勢が使われています。中世にも裸体表現はありましたが、ルネサンスには古代文化への関心とともに、裸体が再び重要な題材になりました。※7/※8
裸体の絵は、もともと誰が見ていたのか

さて、もう1つの理由である「西洋絵画の閉鎖的文化」について考えてみましょう。鍵になるのは、作品を誰が所有し、誰に見せていたかです。
いま私たちは美術館に行けば、さまざまな裸体の絵を見ることができます。しかしそこにある作品が、最初から不特定多数の人に見てもらうために作られたとは限りません。
たとえばティツィアーノ《ウルビーノのヴィーナス》。この横たわる女性の裸体を描いた絵は、1538年にグイドバルド・デッラ・ローヴェレが購入したと記録されています。不特定多数に向けた展示を前提とする絵ではなく、私的に所有された作品だったのです。※9
私的に所有する作品なら、どの部屋に置き、誰に見せるかを、所有する側が選べます。そうした環境では、限られた人の好みや教養に応える表現も成り立ちます。裸体を描くことが許されていたとしても、それを誰もが、どこでも見られたわけではありません。
ただし、裸体像がすべて私的な場所に隠されていたわけではないのが、難しいところですね。例えば前述した《クニドスのアフロディーテ》は、神域のために作られた像でした。※10
ここでいう閉鎖性とは、作品に接する機会や、それを楽しむための知識が、誰にでも同じように開かれていたわけではないということです。
公開の展覧会でも、裸体画は受け入れられていた

では、裸体画が私的な空間から公共の場に出てきた途端、問題になったのでしょうか。
19世紀のフランスを見ると、そう単純ではありません。カバネルの《ヴィーナスの誕生》は、1863年のサロンで大きな成功を収め、ナポレオン3世が個人コレクションのために購入しました。※11
この女性は、神話の女神として描かれています。「理想化された女神の裸」として鑑賞できることが、裸体を受け入れる枠組みになっていました。
《オランピア》は、鑑賞者が期待した約束を破った

その約束を揺さぶったのが、マネの《オランピア》でした。1865年のサロンに出品され、激しい批判を受けています。
マネは、ティツィアーノの《ウルビーノのヴィーナス》など、伝統的な女性裸体の構図を参照しています。しかし、描いたのは神話の女神ではなく、同時代の娼婦でした。理想化された裸体から離れた主題と描き方が、ともに反発を招きました。※12
カバネルもマネも、横たわる裸の女性を描いています。それなのに、受け止められ方は大きく違いました。《オランピア》は、すでに公の場で通用していた裸体の見せ方と受け取り方を揺さぶった作品と言えるでしょう。
TikTokでは、見る相手を選びきれない

この「誰に、どのように届くか」という視点から、冒頭のTikTokの例をもう一度考えてみましょう。
これまで見てきた作品には、特定の文化圏で共有される神話や信仰、美意識を背景とした絵画や彫刻がありました。私的な空間で、招いた人に見せる絵もありました。しかし、TikTokの利用者は、必ずしも同じ文化圏や世代の人たちではありません。異なる背景を持つ人たちに、広くコンテンツが届く場です。
私は、こんな開かれた時代をとても喜ばしく感じます。一方、多様な人に届く場では、特定の文化の中で受け入れられてきた表現にも、見せ方や届け方への配慮が求められるのだと思います。TikTokも、若者の保護や、多様な文化的規範の尊重を規制の理由として挙げています。※1
裸体表現は、確かに西洋美術において重要な役割を担ってきました。ただ、裸体を使わなくても、英雄や神聖さを表現したり、安産を祈ったりすることはできます。それは、かつても同じです。裸体を数ある表現の1つとして捉え、異なる時代や地域の表現を選んで楽しめるところに、私たちの時代の豊かさがあると思います。裸体を表現の当然の前提としないからこそ、かつての作品の裸体表現に疑問を持つのかもしれません。
以上、私の一意見でした。裸体の絵を好きにならなければいけないわけではありません。「なぜこんな絵を描いたのだろう」と疑問を持ち、背景を知ったうえで、自分がどう感じるかを考える。その選択肢が私たちにあることを、大切にしたいですね。
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