黄金の羊毛を持つ青年は、ひとりで龍を倒した英雄なのでしょうか。イアソンの物語をたどると、その成功には仲間や女神、そしてメデイアの助けが欠かせません。

古代の杯、版画、彫刻、絵画を見比べながら、5人の作り手が選んだ場面と、そこに描かれた「助ける人」に注目してみましょう。

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この記事でわかること
  • イアソンと黄金の羊毛の物語
  • メデイアが果たした役割
  • 5つの美術作品を見分ける手がかり

イアソンは誰?旅を命じた叔父と、助けた人々

イアソンは、アイソンを父に持つギリシャ神話の英雄です。叔父のペリアスに黄金の羊毛を持ち帰るよう命じられ、アルゴー船の仲間たちとコルキスへ向かいます。

旅を支えるのは女神ヘラ。現地で協力するメデイアは、コルキス王アイエテスの娘です。下の相関図では、家族と、旅にかかわる協力・対立を分けています。

父アイソン、叔父で対立するペリアス、支援するヘラ、協力するメデイアとイアソンの関係。
イアソンの主な関係。灰色は父子、紫は叔父との対立、青は支援・協力(イラスト:当ブログ制作)。

羊毛を得る鍵は、力だけではない

アルゴー船にはヘラクレスらの英雄が集まります。進路をふさぐ岩や、火を吐く牡牛など、遠征は難題続き。メデイアは薬や助言でイアソンを助けます。

アポロニオス『アルゴナウティカ』第4巻では、羊毛を守る龍を眠らせるのはメデイアの歌と薬。その隙にイアソンが羊毛を取ります。二人の協力を知ると、作品の見え方も変わってきます。

1.ドゥーリスに帰属する杯:龍の口から出る英雄

杯の内側では、龍の口に青年の身体がくわえられ、右に女神アテナが立っています。奥の枝には羊毛が掛かっています。

ヴァチカン美術館は、イアソンが龍に吐き出され、アテナに救われる場面と説明します。龍を眠らせる物語とは違う図像です。勝ち誇る英雄ではなく、力なく垂れる身体が、女神の助けを際立たせています。

左の龍の口から身体を垂らすイアソンと、右に立つ兜姿のアテナ。枝に羊毛が掛かる杯の内面。
ドゥーリスに帰属するアッティカ赤像式キュリクス(内面)、前5世紀前半。ヴァチカン美術館、inv.16545。写真:Shii/Public Domain。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス
神話と美術の読み方

同じイアソンでも、龍を眠らせる場面、龍から救われる場面、羊毛を得た後の姿があります。すべての作品を一つの筋書きへ当てはめず、人物と小道具を確かめましょう。

2.ローザ:英雄が龍の口へ液体を注ぐ

サルヴァトール・ローザの版画《イアソンと龍》では、兜を着けたイアソンが、龍の頭の上に身を乗り出しています。注目したいのは、持ち上げた器。龍の口に向けて傾けられています。

クリーヴランド美術館の解説は、これをメデイアから与えられた眠り薬と結び付けています。メデイア本人は見えなくても、器が彼女の協力を伝えるのです。

龍の翼、翻る布、ねじれた枝が重なり、画面は激しく動いて見えます。眠った龍の横を静かに通る場面として眺めるより、イアソンの手と器を追うと、何が起きているかがはっきりします。

器を傾けて龍の口へ液体を注ぐイアソン。翼や布、木の枝が周囲で交差する版画。
サルヴァトール・ローザ《イアソンと龍》1663年頃、エッチング。クリーヴランド美術館、1966.730/CC0。 画像出典 / ライセンス

3.トーヴァルセン:手にした羊毛と、静かな姿

大理石のイアソンは、右手で槍を右肩に支え、左腕に黄金の羊毛を掛けています。荒れる海も龍もなく、引き締まった身体と、手に入れた品だけが目に入ります。

この作品は「1803年」とだけ紹介されることがあります。ただし、トーヴァルセン美術館の資料が示す1803年はモデルと注文の年。ここに載せた大理石像は、1828年に注文主へ届けられました。

ローザの版画が獲得の途中を見せるのに対し、彫刻では成功した英雄の姿が独立しています。助力した人々が見えないことも、二つの作品を比べる手がかりになります。

右手で槍を右肩に支え、左腕に羊毛を掛けて立つイアソンの全身大理石像。
ベアテル・トーヴァルセン《黄金の羊毛を持つイアソン》1803–1828年、大理石。トーヴァルセン美術館、A822。写真:Gunnar Bach Pedersen/Public Domain。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

4.モロー:英雄のすぐ後ろにいるメデイア

ギュスターヴ・モローの《イアソン》では、正面の青年の足元に龍が横たわり、左の装飾的な柱に羊毛が掛かっています。1865年のサロンに出品された油彩画です。

メデイアは足元ではなく、イアソンのすぐ後ろに立ち、彼の肩へ手を添えています。彼女の持つ小さな器にも目を向けてください。勝利した青年だけでなく、その背後にいる協力者を、一つの画面で見ることができます。

細かな装飾に囲まれ、二人の表情は静かです。その距離の近さと、視線が交わらないように見えることが、印象に残ります。恋愛や不安のどちらを強く感じるか、顔と手の位置から考えてみましょう。

龍を足元にして立つイアソンと、後ろから肩に手を添えるメデイア。左の柱に羊毛が掛かる。
ギュスターヴ・モロー《イアソン》1865年、油彩・カンヴァス。オルセー美術館、RF 2780。画像:Wikimedia Commons/PD-Art。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

5.ドレイパー:羊毛を得ても、航海は終わらない

ハーバート・ジェイムズ・ドレイパーの《黄金の羊毛》は、1904年頃の作品。画面には船と漕ぎ手たち、白い布をまとったメデイア、船縁から海へ差し出される若い身体が見えます。

英国王立美術院での出品時の説明として紹介されるのは、追ってくる父を遅らせるため、メデイアが弟を海へ投げる物語です。この筋はアポロドーロス『ビブリオテーケー』1.9.24にも伝わりますが、弟の死の経緯には異伝があります。

左にある金色の羊毛だけを見れば、目的を果たした帰路です。しかし右へ目を移すと、逃走に伴う暴力が現れます。獲得した宝と、そのために失われるものを同じ画面へ置いた作品として見ることができます。

船上の左に黄金の羊毛、中央に白い布のメデイア、右に船縁から海へ差し出される若い身体。
ハーバート・ジェイムズ・ドレイパー《黄金の羊毛》1904年頃、油彩・カンヴァス。ブラッドフォード美術館群(カートライト・ホール)所蔵。画像:Wikimedia Commons/PD-Art。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

成功の先には、メデイアとの別れがある

エウリピデスの悲劇『メデイア』では、イアソンはコリントス王の娘と結婚し、メデイアを裏切ります。航海で彼を助けた女性の視点から見ると、黄金の羊毛の獲得は幸福な結末ではありません。

作品で見つけたい三つの手がかり
羊毛はどこにあるか。英雄は何をしているか。そして、彼を助けた人は描かれているか。同じ神話の作品でも、この三つを追うだけで、選ばれた瞬間の違いが見えてきます。

神々と英雄のつながりは、ギリシャ神話大全でもたどれます。イアソンを見るときは、輝く戦利品に加えて、その傍らの器や手にも注目してみてください。