ミケランジェロの作品は、筋肉の力強さだけが見どころではありません。垂れ下がる腕、顔とは違う向きへねじれる胸、触れそうで触れない指先。身体の小さな違いが、静けさや緊張を伝えています。

《ピエタ》から《最後の審判》まで、彫刻4点と壁画2点を、手・姿勢・視線に注目して見ていきましょう。

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この記事でわかること
  • ミケランジェロの代表作6点と制作の背景
  • 彫刻と壁画に共通する、身体の見方
  • 仕上げや身振りの違いを見比べるポイント

ミケランジェロとは?身体を通して物語を伝えた芸術家

ミケランジェロ・ブオナローティ(1475–1564)は、イタリア・ルネサンスの彫刻家・画家・建築家です。フィレンツェとローマを主な舞台に、大理石の像から礼拝堂の壁画までを手がけました。

今回は生涯の逸話より、作品の中で身体が何をしているかを入口にします。同じ人物の手でも、支える、握る、差し出す、制するという動きによって、伝わるものは変わります。

1.《ピエタ》――支える手と、力の抜けた腕

マリアの膝を横切るキリストの身体、垂れ下がる右腕、マリアの開いた左手、衣の深いひだ
ミケランジェロ《ピエタ》、1498年頃、大理石。サン・ピエトロ大聖堂。撮影:Maksim Sokolov (maxergon.com)/CC BY-SA 4.0。比率を保って縮小。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

サン・ピエトロ大聖堂の《ピエタ》は、若いミケランジェロが1498年頃に制作した大理石像です。亡くなったキリストを、母マリアが膝の上に抱いています。もともとはフランス人枢機卿の墓のために注文されました。

キリストの右腕は下へ垂れ、その身体をマリアの右手が支えています。一方、マリアの左手は掌を開いています。抱きしめる動作だけで像を閉じず、見る人へも身体を差し出しているように感じられます。

マリアの衣の深いひだと、キリストの滑らかな肌にも目を向けてみてください。同じ石なのに、布の厚みと身体の重さが違って見える。その対照が、静かな像に触覚的な豊かさを与えています。

2.《ダヴィデ》――まだ動かない身体の緊張

左手を肩へ、右手は下方。体重の乗る右脚と曲がる左脚、顔の向き、筋肉と血管、現地の全身像
ミケランジェロ《ダヴィデ》、1501–1504年、大理石。アカデミア美術館(フィレンツェ)。撮影:Jörg Bittner Unna/CC BY 3.0。比率を保って縮小。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

《ダヴィデ》は1501–1504年の制作。現在はフィレンツェのアカデミア美術館にあります。別の彫刻家が先に加工した大理石を引き継いで彫られ、完成後は市庁舎の入口前に置かれました。

左手を肩へ上げ、右手を下ろした若者は、体重を片脚に預けています。身体は静かに立っているのに、横を向いた顔や手の張りには注意が集中しているように見えます。大きく振りかぶる場面ではなく、動き出す可能性を含んだ姿なのです。

同じフィレンツェでミケランジェロが挑んだ群像の表現は、レオナルドと競うことになった《カッシナの戦い》と《アンギアーリの戦い》の計画にもつながります。

3.《アダムの創造》――指先の間に目が吸い寄せられる

画面左がアダムで左腕、右が創造主で右腕を伸ばす。指先の間の余白、地上の身体と空中の身体の対照
ミケランジェロ《アダムの創造》、1508–1512年の天井画の一場面、フレスコ。システィーナ礼拝堂。Wikimedia Commons/Public Domain(PD-Art)。比率を保って縮小。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

《アダムの創造》は、1508–1512年に描かれたシスティーナ礼拝堂天井画の一場面です。画面の左にアダム、右に創造主が描かれています。

アダムは地面に身体を預け、左腕を伸ばします。創造主は周囲の人物とともに空中を進み、右腕を差し出しています。二人の指は近づいていますが、間にはわずかな余白があります。

見る人は、その隙間の先で何が起きるのかを待つことになります。ヴァチカン美術館も、生命を伝える指先のやりとりをこの場面の中心に挙げています。身体全体の重量感と、ほんの小さな指先の間隔が、一つの画面で結びついているのです。

同時代の身振りと比べる

ラファエロの《アテネの学堂》でも、指を上げる、掌を伏せるといった身振りが人物を読む手がかりになります。手の形に注目すると、ルネサンスの絵画の見方が広がります。

4.《モーセ》――座っているのに、立ち上がりそう

石板を抱えた座像、2本の角、横へ向けた頭、右手に絡む長いひげ、曲げた膝
ミケランジェロ《モーセ》、1513年頃、大理石。サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂(ローマ)。撮影:Jörg Bittner Unna/CC BY 3.0。比率を保って縮小。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

ローマのサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂にある《モーセ》は、教皇ユリウス2世の墓碑のために制作されました。1513年頃に着手された像で、石板を抱える旧約聖書の人物を表しています。

まず、正面を向く胴体に対して、頭が横へ向いている点を見てください。右手には長いひげが絡み、膝の上には衣のひだが重なっています。座像でありながら、上半身には身を起こしそうな張りがあります。

顔だけを切り取ると、険しい表情が目立ちます。しかし手、膝、胸まで視線を動かすと、感情を身体全体で読むことができます。動いていない像から動きの予感を受け取る、という点で《ダヴィデ》と見比べたくなる作品です。

5.《抵抗する奴隷》――身体をねじり、石から抜け出すように

胸の帯、背中側へ回した両腕、顔・胸・腰のねじれ、持ち上がった左膝、下部の荒い石面
ミケランジェロ《抵抗する奴隷》、1513–1515年、大理石。ルーヴル美術館。撮影:Jörg Bittner Unna/CC BY-SA 3.0。比率を保って縮小。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

ルーヴル美術館の《抵抗する奴隷》は1513–1515年の大理石像です。《モーセ》と同じユリウス2世の墓碑計画のために作られましたが、最終的な墓碑には組み込まれませんでした。

胸に帯がかかり、両腕は背中側へ回されています。顔、胸、腰の向きはそろわず、片膝が前へ出ています。身体のねじれを目でたどると、拘束から逃れようとする力が伝わってくるようです。

肌の比較的滑らかな部分と、脚の周囲に残る粗い石面も対照的です。ただし、その仕上げをすべて「意図して未完成にした」と説明するのは慎重であるべきでしょう。計画から外れた事情と、いま目の前に残る表面の違いを分けて見たいところです。

6.《最後の審判》――一人の身振りが群衆を動かす

中央上の右手を挙げたキリスト、左下から上昇する群、右の下降、下部中央のラッパを吹く天使
ミケランジェロ《最後の審判》、1536–1541年、フレスコ。システィーナ礼拝堂。Wikimedia Commons/Public Domain(PD-Art)。比率を保って縮小。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

《最後の審判》は1536–1541年に制作された、システィーナ礼拝堂の祭壇壁の壁画です。天井の《アダムの創造》とは描かれた場所も時期も異なります。

中央上部のキリストは、右手を高く挙げています。その周囲にはさまざまな姿勢の人々が集まり、下方では、画面左の上昇する動きと右の下降する動きが対照をなします。

一人の指先を見る《アダムの創造》に対して、ここでは人物から人物へ視線が渡っていきます。身体の向きを追うことが、そのまま大きな画面を読む道筋になるのです。

いま見える姿には、後世の手も加わる

《最後の審判》には、裸身を覆う布が後から描き加えられました。現在の画像のすべてを、ミケランジェロが最初に描いた状態と考えないことも大切です。

6作品を見比べるなら、まず手と重心から

《ピエタ》の支える手、《ダヴィデ》の構え、《アダムの創造》の指先、《モーセ》の張り、《抵抗する奴隷》のねじれ、《最後の審判》の群衆。身体の役割は、それぞれ違います。

作品名を覚えた後に、もう一度画像へ戻ってみてください。どちらの脚に重さがあるか。顔と胸は同じ方を向いているか。手は何をしているか。その三つを追うだけでも、ミケランジェロの像や人物が、さっきとは違う表情を見せてくれるはずです。