太陽を運ぶヘリオスと、月の女神セレネ。二神は、同じ両親から生まれたきょうだいとして語られます。けれど絵画の中では、太陽と月の役割が別の神の名前と重なることもあります。
馬の頭部を刻んだ古代彫刻から、ルーベンス、プッサン、ジロデの絵画へ。4つの美術作品で、空を照らす神々の物語を見てみましょう。神々の全体像はギリシャ神話大全でたどれます。
この記事はAIが執筆しています。
- ヘリオス・セレネ・エオスの家族関係
- 太陽の馬車と、月の女神の恋の物語
- 彫刻の馬や絵画の光から主題を読む方法
太陽・月・暁は、同じ両親から生まれた
ヘリオス:太陽の神 / セレネ:月の女神
父はヒュペリオン、母はテイア。暁の女神エオスも、二神のきょうだいです。
この系譜を伝えるのは、ヘシオドス『神統記』371〜374行です。両親は、クロノスと同じティタン族に属します。昼の光、月の光、夜明けを、家族として結びつけているのです。

パルテノンの馬は、太陽と月のどちらのもの?
大きく開いた目と鼻孔、ゆるんだ口元。大英博物館にある《セレネの馬の頭部》は、パルテノン神殿の東側の三角破風を飾った大理石彫刻です。前438〜432年の作とされます。
神殿の東破風では、太陽神ヘリオスが昇る姿と、月の女神セレネが沈む姿が両端に配されていました。この頭部は、セレネの馬車を引く馬のものです。
女神自身が残っていなくても、馬の表情と置かれた位置から、夜の終わりが見えてきます。大英博物館は、後ろに伏せた耳や張り出した血管などに、月の馬車を引いてきた馬の疲労を読み取っています。

太陽の馬車を借りたパエトンの悲劇
太陽神の息子パエトンは、自分が本当に神の子なのか確かめようと父を訪ねます。オウィディウス『変身物語』第2巻では、願いをかなえると約束した父に、一日だけ太陽の馬車を操らせてほしいと頼みます。
父は危険を説きますが、息子は譲りません。やがて馬を制御できなくなり、大地を焼いてしまいます。惨事を止めるため、ユピテルが雷を投げ、パエトンは墜落します。
ルーベンス:車輪と身体が、ばらばらに落ちる
《パエトンの墜落》(1604〜1605年頃、1606〜1608年頃に加筆と推定)は、ワシントンのナショナル・ギャラリー所蔵です。画面右寄りには、車輪のそばで頭から落ちるパエトン。周囲では馬が別々の方向へ身体をねじっています。
光は画面の上から差し込み、右下の大地には赤い炎が見えます。斜めに傾く馬車、投げ出された手足、広がる布を追うと、太陽の運行が崩れる瞬間を感じられます。

セレネが恋したエンデュミオンは、なぜ眠るのか
セレネの恋人として語られるのが、美しい青年エンデュミオンです。アポロドロス『ビブリオテーケ』1.7.5では、月の女神に愛された彼が、ゼウスに選択を許され、老いず死なずに永遠に眠ることを選びます。
誰が眠りを望んだのか、どんな事情があったのかは、資料によって異なります。ここではエンデュミオン自身が選ぶ伝承を紹介しています。
プッサン:眠る青年ではなく、別れを惜しむ姿
プッサンの《セレネとエンデュミオン》(1630年頃、デトロイト美術館)では、エンデュミオンがひざまずき、セレネを見上げています。女神の手は彼の肩に触れ、二人の間に別れの気配が漂います。
画面右では「夜」を表す女性が暗い幕を引き、その向こうにはアポロンと馬車が見えます。恋人たちだけでなく背景にも目を向けると、夜から朝へ移る時間がわかる構成です。

ジロデ:月の女神を「光」で描く
ジロデの《エンデュミオンの眠り》(1791年、ルーヴル美術館)では、青年が斜めに横たわり、木々の間から届く光が顔や胸を照らしています。左上で枝を広げる若者は、ルーヴルの作品記録でゼピュロスとされています。
では、恋する女神はどこにいるのでしょう。ルーヴルの解説では、月の女神と重ねられたディアナが、光の筋そのものとして青年を訪れています。女性の姿を探しても見つからないのは、そのためです。
プッサンは手が触れる二人を描き、ジロデは身体に触れる光を描く。同じ恋の主題でも、何を人の姿で表し、何を光に託すかによって、画面の印象は変わります。

名前と光の役割を、作品ごとに確かめる
古代の系譜では、ヘリオスとセレネは太陽と月のきょうだいです。一方、絵画の解説ではアポロンが太陽神として登場し、ディアナが月の女神として語られることもあります。ルーベンス作品の美術館解説も、パエトンの父をアポロンと呼んでいます。
「太陽の馬車だから必ずヘリオス」と決めつけず、作品名と場面を確かめると、神話を受け継ぐ絵画の広がりが見えてきます。太陽と結びつくもう一柱の神は、アポロンの記事でも紹介しています。
馬の動き、画面を照らす光、登場人物の名前。三つを行き来すると、空の運行も恋の物語も、画面の具体的な形から読み解けます。

