赤いヴェールをかぶり、器と枝を手にした女性。その足元には煙が漂っています。ジョン・コリアの《デルポイの女祭司》が描くのは、アポロンの神意を伝える巫女ピュティアです。

神の声は、誰を通じて人々に届いたのでしょう。デルポイに結びつく絵画と彫刻、そして比較のための「別の神託」の絵を見ながら、神話・古代の遺物・後世の想像を読み分けます。

この記事はAIが執筆しています。

この記事でわかること
  • アポロンとピュティアの役割
  • 4つの美術作品の見どころと違い
  • 神託のガス説を断定できない理由

デルポイでは誰が「神の声」を伝えたのか

デルポイは、パルナッソス山の斜面にあるアポロンの聖域です。各地から訪れる人々は、ピュティアと呼ばれる巫女から神託を受けました。神が相談者の前に直接姿を現すのではなく、人を通して答えが伝えられる場所だったのです。(ユネスコの遺跡解説)

では、なぜアポロンの聖地なのでしょう。アポロドロス『ビブリオテーケー』1.4.1には、アポロンが行く手を阻む大蛇ピュトンを倒し、神託所を手に入れる神話があります。これは発掘で確認された事件ではなく、神と聖地の結びつきを語る物語です。(原典英訳)

アポロンが神話でピュトンを退治し、巫女ピュティアを通じ神意が相談者へ伝えられる役割相関図
記事で紹介する主な関係を抜粋。赤線は神話上の退治、青線は神意を伝える関係。イラスト:当ブログ制作。

コリア《デルポイの女祭司》:煙より先に手元を見る

1891年、ジョン・コリアが描いた《デルポイの女祭司》は、南オーストラリア美術館の所蔵です。赤いヴェールと暗い背景が、顔や肩、手を際立たせています。

片手には浅い器、もう片方には葉のついた枝。女性は高い三脚に座り、煙は床の近くから立ち上ります。顔だけを追わず、手元から足元へ視線を下ろすと、細長い画面に儀式の道具が組み込まれていることに気づきます。

ただし、これは古代の儀式を直接記録した画像ではありません。19世紀の画家が形にしたピュティアの姿として見る必要があります。

赤いヴェールの巫女が枝と浅い器を持ち、高い三脚に座るコリアの絵画
ジョン・コリア《デルポイの女祭司》1891年、油彩・キャンバス、南オーストラリア美術館。Public domain。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

地下ガスが神託を生んだと証明された?

ピュティアの状態を地下ガスで説明する仮説はあります。しかし、2006年の地質学研究は、エチレンが神経に作用するほど放出されたとする説を再検討し、その成立に疑問を示しました。絵に煙があることも、仮説を裏づける証拠にはなりません。(Etiopeほか、2006年の研究概要)

ここは仮説と区別

地下ガスの存在と、それが古代の神託を引き起こしたという説明は、同じことではありません。

ウォーターハウス《神託に訊く》:こちらはデルポイではない

ウォーターハウスの《神託に訊く》(1884年、テート所蔵)では、左の女性が壁に耳を近づけ、周囲の女性たちがそちらを見つめています。白衣で煙を浴びる集団、という場面ではありません。

画家が出品時に付けた説明は、壁に取り付けた人間の頭部「テラフ」から声を聞くという題材でした。デルポイのピュティアと同一視はできません。それでも、答えを待つ人々の身の乗り出し方をコリアの孤独な姿と比べると、「神託」の絵にも異なる焦点があるとわかります。(出品時の説明を収録した作品解説)

左の女性が壁に耳を寄せ、色の異なる衣を着た女性たちが聞き入るウォーターハウスの絵画
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《神託に訊く》1884年、油彩・キャンバス、テート所蔵(N01541)。デルポイの神託とは異なる題材。Public domain。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

クロード・ロラン《行列のあるデルポイの眺め》:想像で築いた聖地

1673年のこの絵では、左の岩山とその上の神殿、右の大きな木が風景を囲み、手前を小さな人々の行列が進みます。建物の高さと人間の小ささが、聖地へ向かう距離を感じさせます。

シカゴ美術館の解説が示すのは、古代の記述に想像を重ねた風景という性格です。クロードはデルポイを訪れて描いたわけではありません。現地の地形や神殿配置をそのまま復元した図として扱わず、17世紀の画家が思い描いた古代として楽しみたい作品です。(同館研究誌、87–88頁)

岩山の上の神殿と大きな樹木に囲まれた風景の手前を行列が進むクロード・ロランの絵画
クロード・ロラン《行列のあるデルポイの眺め》1673年、油彩・キャンバス、シカゴ美術館(1941.1020)。Robert A. Waller Memorial Fund。Public domain。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

《デルポイの御者》:神託だけではない聖域

デルポイ考古学博物館の《デルポイの御者》は、紀元前478〜474年頃の青銅像。長い衣には縦のひだが刻まれ、残る手は手綱を握っています。神託を告げる人物でも、アポロンそのものでもありません。

この像は、ポリュザロスがピュティア競技祭での勝利を記念して奉納した、四頭立て戦車などを含む群像の一部とされています。いまは一人で立って見えても、元は馬や戦車との関係の中にあったのです。神への祈りと競技の栄誉が、同じ聖域に集まっていました。(ギリシャ文化省の作品解説)

縦ひだのある長い衣を着て、残る手に手綱を握るデルポイの青銅製御者像
《デルポイの御者》紀元前478〜474年頃、青銅、デルポイ考古学博物館。撮影:Odysses / Wikimedia Commons、CC BY-SA 3.0。縮小して掲載。 画像出典 / 作品情報 / ライセンス

クロイソスの失敗:答えの意味を誰が決めるのか

ヘロドトス『歴史』1.53・1.91は、リディア王クロイソスが、ペルシアへ攻めれば大国を滅ぼすという神託を受けたと伝えます。王は有利な予言だと受け取りますが、結末では自分の国を失ってしまいます。(『歴史』原典英訳)

すべての神託が曖昧だった?

この逸話だけで、神託が常に二重の意味を持つよう設計されていた、とまでは断定できません。

神意を伝える巫女、その声を待つ人々、聖地へ向かう行列、勝利を捧げる御者。作品を並べると、デルポイが予言の舞台であるだけでなく、人々の期待が集まる場所だったことが見えてきます。神々や英雄の関係は、ギリシャ神話大全からたどれます。