海辺の岩に繋がれたアンドロメダは、なぜ怪物への生贄になったのでしょう。原因は、母のカシオペアが口にした自慢でした。ティツィアーノとルーベンスの3点を比べると、同じ救出劇でも「戦い」と「解放」の描き方が違うことがわかります。
この記事はAIが執筆しています。
ペルセウスとの関係
3点に描かれた救出の場面
アンドロメダ(Andromeda)
神話上のエチオピアの王女。ケフェウスとカシオペアの娘で、救出した英雄ペルセウスの妻になります。
母の自慢で、なぜ娘が生贄になったのか
アポロドーロス『ビブリオテーケー』2.4.3では、母カシオペアは自分の美しさを海の精ネレイデスと競います。怒った精たちに同調した海神ポセイドンが、洪水と海の怪物を王国へ送りました。
アンモンの神託が示した救済の条件は、娘アンドロメダを怪物に差し出すこと。父王は娘を岩に繋ぎます。通りかかったペルセウスは、救出後に彼女を妻とする約束を父王と交わし、怪物を倒しました。

母の自慢の内容も、読む資料で異なる
カシオペアが「自分」を誇ったとする語りと、「娘の美しさ」を誇ったとする語りは、同じではありません。オウィディウス『変身物語』第4巻の英訳では、アンドロメダは母が自分の美しさを自慢した経緯を話します。二つを混ぜず、どの資料の話なのかを分けて読むと筋道が明確になります。
オウィディウスの海の怪物退治では、ペルセウスは剣で戦います。メデューサの首で敵を石にする有名な場面と、ここでの救出劇を混同しないようにしましょう。
原典:アポロドーロス 2.4.3/オウィディウス 第4巻663〜739行。
ティツィアーノ:王女の目前で戦いが続く
《ペルセウスとアンドロメダ》、1554〜1556年。油彩・カンヴァス、ウォレス・コレクション所蔵。フェリペ2世のための神話画連作「ポエジー」の1点です。

動けない王女と、空から急降下する英雄
画面左に立つアンドロメダは腕を鎖で繋がれ、右側の戦いを見ています。ペルセウスは右上から頭を下にして飛び込み、海面では怪物が口を開いています。王女の明るい肌を背景の暗い岩が囲み、英雄の赤と黄色の布は空に大きく翻っています。
見るときは、王女の立つ方向と英雄の身体が描く斜めの方向を追ってみてください。一方はその場に留められ、もう一方は大きく動く。その違いが、救いがまだ届いていない瞬間を強く感じさせます。これは、画面から読み取れる構図の効果です。
美術館の解説によれば、制作の初期段階ではアンドロメダは画面右側に置かれていました。いま見える左側への配置は、最初から固定されていたわけではありません。
作品情報・制作過程:ウォレス・コレクションの作品解説。
ルーベンスのエルミタージュ版:勝者を囲む人物たち
《ペルセウスとアンドロメダ》、1622年頃。エルミタージュ美術館所蔵。ここでは戦いは終わり、怪物は画面下に倒れています。

中央のペルセウスは鎧を着て赤い布をまとい、左に立つアンドロメダへ手を伸ばしています。上方の有翼の人物は英雄の頭へ冠を近づけ、右側には大きな翼を広げたペガサス。子どもの姿をした有翼の人物たちも、王女の拘束や英雄の装備に手を添えています。
とくに目立つのは、正面を向いた盾の顔です。画面にメデューサの頭が見えるからといって、この絵だけで海の怪物を石にしたと決めることはできません。怪物の姿、装備、祝福する人物を分けて見ると、退治の方法よりも、英雄の勝利を大きく示す画面として読めます。
年代・所蔵:CODARTの美術館調査紹介。図像の比較:ベルリン絵画館の解説。
ルーベンスのベルリン版:二人の距離が近くなる
《アンドロメダを解放するペルセウス》、1620〜1622年頃。油彩・オーク板、ベルリン絵画館所蔵。

今度はペルセウスとアンドロメダが画面右へ寄り、英雄は彼女の拘束を解くために両手を伸ばしています。王女の両脇では、小さな有翼の人物が手伝っています。左のペガサスと、さらに左下の波間に横たわる怪物が、二人の出会いを取り囲みます。
エルミタージュ版で目を引いた頭上の冠や正面向きの盾は、この版では同じようには強調されません。英雄の手と王女の身体の近さに目を向けると、勝者を祝う光景から、拘束がほどける場面へと視線が移ります。二つの絵を連続した「前後のコマ」と断定するより、何を中心に見せるかの違いを楽しめます。
作品情報:ベルリン絵画館の作品解説。
「救出」のどの瞬間を見せるか
ティツィアーノでは王女の目前で戦いが続き、ルーベンスの2点では怪物を倒した後に焦点が移ります。鎖、怪物、英雄の手を順に探すだけでも、絵が選んだ瞬間が見えてきます。

