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2025デザイン研究第1回授業概要

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全15回の授業構成

デザイナーとしてのアイデンティティを培う基礎として、「デザインの概念」「デザインと表現技法」「デザイン行為・物と社会」という三つの視点を持ち「デザイン史」を通して理解できるようになることを目指します。これらの視点と知識をもつことの重要性の理解と共に、具体的にはデザインを行う上で必須となる「デザイン言語」「観察・分析・整理力」「発想方法」「表現技術、設計力」「思想、社会」についての幅広い知識を習得できる知識を習得できる基礎力の向上と獲得を目的とする。

本講義は、デザインの勉強を始める学生を対象とし「デザインの歴史的変遷」「基本的なデザイン用語の理解」更に「隣接学問領域との差異からデザイン領域特性の理解」を目指します。社会の変化、技術の変化に伴う「デザインの社会的な役割、表現技法の変化を考察」をすることで、劇的に移りゆく現代に新しいデザインを創造する上で必要となる基礎的な知識思考方法を、歴史を通じて身につける事を目的とする。

評価対象

授業態度:授業毎の感想

資料:授業時間内に提出された投稿内容

発表:各事例の終わりに、数人に自身の意見を発表していただきます。

レポート:各事例の終わりに、自身の意見を文字ベースなどで提出いただきます。

モノの形にはルーツがある

デザインは今この瞬間を生きる創造行為であり、未来に向けて進化し続けるものです。ではなぜ、私たちはあえて「過去」に目を向ける必要があるのでしょうか?

TOYOTA

車はなぜあんな形になったのでしょうか。

すでに当たり前の形ですが、なぜあのような形になったのでしょう。確かに機能性を考えると適切な形に思えます。しかしライトがまるで目の様な形で両サイドに位置し、サイドミラーは耳のよう。口に見えるフロントグリル。顎のようなフロントバンパー。なにより運転席から車の頭までが思いっきり突き出しています。フロントにはエンジンが積まれているので、必要なスペースではありますが、しかし前方である必要は、機能的にはありあません。一体このデザインはどこからうまれたのでしょうか。

引用元
The Ford Model T

実はこの「車の顔」に見えるデザイン、ルーツをたどると“馬車”に行きつきます。

自動車が発明された19世紀末、人々にとって「乗り物」といえば馬車でした。最初の車は、いわば“馬を取り外してエンジンをつけた馬車”。そのため、当初の車のデザインは、馬車の構造をそのまま受け継いでいたのです。御者が馬のすぐ後ろに座っていたように、運転席は車の一番前に配置され、馬がいた場所(=車の前方)にエンジンを載せるのが自然な流れでした。この名残が、いま私たちが「車らしい」と感じる形の始まりです。

そして、技術が進化し、素材も軽くなり、エンジンの位置や形が自由に設計できるようになった今でも、私たちの“イメージする車の形”は、昔の記憶に強く縛られています。たとえば、フロントグリル。現代の電気自動車にはエンジンがないため、空気を取り込む大きな口=グリルは不要なはず。でも多くのメーカーは“それっぽい口”をわざわざデザインしているのです。それは、車にとって“顔らしさ”が安心感やブランドらしさを与えると、みんな知っているから。つまり、車のあの形は、機能だけではなく、記憶と感情と文化のかたちでもあるのです。そう考えると、あのヘッドライトの“目つき”や、グリルの“口元”の印象にも、意味が感じられてきませんか?デザインは、ただ便利なだけではない。私たちの感覚に語りかけ、歴史の続きを見せてくれる存在なのです。

2年次では、この歴史の整理から一歩踏み出し、なぜそのような変化があったのかに関して研究していただきます。昔から変わらない形と、時代と共に変化した形。現代に続くデザインとは、それらの複合で成り立っています。

なぜ発車メロディは生まれたのか

発車メロディといえば、主に鉄道駅において列車が発車することを知らせる音楽などをさし、各駅や各地域に合わせ様々です。駅メロと略称され、様々に愛されています。しかし、かつて電車の発射音といえば、電鈴(でんりん)と呼ばれる金属性のチャイムやブザーを使用していました。一体なぜ、メロディになったのでしょうか?

これをリサーチするためには、まず時系列の整理と、何がどのように変化したのかを書き出します。この場合、3つの時系列をまとめました。1951年頃を堺に、電鈴から発車メロディーに変化したとすると、それ以前に、なぜアイテムが変更されたのかの原因となる要素が含まれてきます。

社会的要因、文化的要因、あるいはたった一人のカリスマ的存在がそうさせたのかもしれません。
1800年後半というと明治維新からですから、明治から戦後までの長い期間が電鈴だったと考えられます。それから長く変化していなかったというのもリサーチのヒントにつながります。1950年には社会的には一体どのような変化があったでしょうか。この時代の社会問題はなんだったでしょうか。

同じように、1951年から現在に至るまで、発車メロディーは多様化していきました。その要因となりうるものをリサーチし、発表ならびにレポートとして提出していただきます。

虚像をデザインする

これからのデザイナーには、特に、デザインのルーツを知りトレンドと社会的要因の違いを精査する力が求められています。今日のデザインは、物質的成約がない中で、デザイン設計をしなければなりません。例えばスマートフォンのアイコンデザインは、かつて実物のボタンのように突起物のような演出がなされていました。これは、ディスプレイをタッチする習慣がまだ身についていなかった頃、今あるものとのギャップを埋めるため、わざわざないものをまるであるかのように設計していたのです。実際は凹凸がないのに、これがボタンであり押すと変化するものと認識させるための「虚像のデザイン」です。

iphne3GのUIデザインと現在の比較
ものの形の進化は一足飛びでは難しい

実体が伴わないデザインの例もいくつも存在します。2000年代の急速なICカードの普及に伴い、駅の券売機もタッチパネル式が採用されるようになりました。しかし、実体のあるボタン式からタッチパネルへの変化は、生活に大きな変化をもたらしたのです。様々なものがボタンからタッチパネルに変化したのですが、駅の券売機はそのギャップを強く感じた例でもあります。前述したスマートフォンはまだ個人使用に限られた分野ですし、それでも先進的に写った例でした。公共物にタッチパネル式は、ひょっとしたらもう少しステップが必要だったのかもしれません。

先進性と実体にギャップが生まれた例

これはコンビニに設置されたコーヒーマシンです。物質的なボタンを採用していますが、これは文化的ギャップが大きい一例と言えるでしょう。コーヒーをテイクアウトする文化が薄かったこと、RとLの表記になれていなかったこと(SMLならわかるだろう)。そのような中で、コップだけレジで購入し、自分で必要なボタンを押す方式に混乱したようです。

本当なら、画面の案内に従い、ボタンを読めば問題ないはずですが、普段わたしたちがいかに直感的に行動しているかがわかります。直感でできないことと遭遇すると、これほどまでに混乱を招いてしまうのでしょう。

テプラが貼られたコーヒーマシン
大阪関西万博2025の新しいデザイン

大阪・関西万博2025では、そのように物質的制約がないにも関わらず、あえて物質化・視覚化することで直感的に用途を示すデザインがいくつもなされていました。下記は、大阪ヘルスケアパビリオンの外観に設置された「いのちの湧水」と題されたオブジェです。

球体の中は層になっていて、そこには植物を栽培するプラントが設置されていました。球体の下層には、大きな水槽が設置されています。水槽はいくつかに区切られており、それぞれ、淡水・淡水域・汽水・海水と分類されています。さらにそれを直感的に理解できるよう、各水槽にはそれぞれの海域に生息する魚が泳いでいました。本来このシステムには必要のない(いのちの循環だったらもっと適切な魚やプランクトンがいるだろうに)かなり説明的要因で配置されている印象でした。

各水槽からそれぞれ球体の各階層につながっており、淡水には淡水でよく育つ野菜や花、海水には海水に適したそれがつながっていました。これこそ、いのちの循環と適正を視覚的にデザインした一例ではないでしょうか。

物質的制約がなく、いかに見た目に心地よくわかりやすいかに力を注げる時代になったと実感したプロダクトでもあります。

大阪ヘルスケアパビリオン
いのちの湧水
創造性でつながる運動体
こみゃく(大阪・関西万博2025)

万博関連として、公式キャラクターのデザインは特に眼をひくものがあります。今回はそのうち、こみゃくをピックアップしました。こみゃくはDNA単体であり、これらが複合的に混ざり合うと突然変異を起こすというコンセプトです。
万博では実験的なデザインシステムを採用しています。

かつての大阪万博は岡本太郎というカリスマが一人旗をあげ、芸術の分野を牽引してきました。しかし、これからのデザインシステムは、複数人が創造性を共有し、連帯でつくりあげる力が必要となってきます。

何人もの人間が参加するということは、完成品だけみせて良いわけではありません。デザインプロセスを言語化できる力、ビジュアル共有であっても、完成品ではないラフな段階からそれらを読み解く力が必要になっていきます。

さいごに

実際は必要のないものを、あたかも必要であるかのように、使いやすくわかりやすくカスタムするためのデザインが求められています。つまり何でもアリの時代なのです。どんな自由度の高いプロダクトも、実質生み出せてしまいます。
しかしあなたがプロのデザイナーになるためには、その制約が極端に少ないなかで、いかに腹落ちするデザインが設計できるかが問われているのです。

いきなり虚像のデザインは、プロのデザイナーとしても難しいものです。そこで本授業では、そのような虚像のデザインに地に足をつけるための地盤を強化する内容となっています。

過去のデザインがいかにして生まれたのか。それは社会的要因なのか、法の改正なのか、人々の生活に根ざしたものなのか、あるいはトレンドとして消化されたデザインなのか。それらを見極める観察眼を養っていきましょう。


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