前回のおさらい
感想の総括
前回は「デザインとは何か?」という問いに、皆さんがとても丁寧なコメントをたくさん寄せてくれました。
- デザインと歴史・社会の関係に関心
- パッケージデザインなど、日常の事例からの気づき
- アートとデザインの違いや定義に対する理解の深化
- 生産者と消費者の視点の違いに着目
- 自分自身の価値観・視点の変化や成長
質問
- Q授業であった調和の取れたデザインというのは最後の晩餐のように遠近法を使われていますが他にはどのような代表的な作品がありますか?
- A
ボッティチェリ「マニフィカトの聖母」は私のお気に入り作品の1つです。「ビーナスの誕生」を描いた人ですが、青年(天使)や聖母子がすごくきれいな作品です。円形の板絵にバランスよく配置された人物たち、聖母の周りだけ、空間が外に突き抜け、永遠性を感じる。密に交わる天使たちも各々が邪魔せずまじわっている構図の美しさは素敵です。
- Q先生なりの「デザインの定義」はなんだと思いますか?
- A
都度変えられる柔軟な態度
- Q先生は何が1番関係してくると思いますか?(アート・宗教・政治などについて)
- A
その製品が突発的なものだったら流行、息の長いロングラン商品なら立場。など
- Q先生は何が1番関係してくると思いますか?(アート・宗教・政治などについて)
- A
その製品が突発的なものだったら流行、息の長いロングラン商品なら立場。など
- Qデザインという概念は、誰かが決めたことなのでしょうか?それとも自然に確立していったのでしょうか?
- A
「design」という単語は1548年に初出の記録がありますが、自然と、必要とされ形作られてきたでしょう。
- Q感想がそのままだと大抵50文字を超えてしまうのですが、50文字以上書いてもいいのか、圧縮したほうが良いのでしょうか?
- A
可能であればお願いします。今年130人程度いるので
- Q
デザインを学ぶうえでの先生おすすめの書籍などがありましたら教えていただきたいです - A
センスは知識から始まる デザイン思考をロジカルに解説する読みやすい本
デザインの輪郭 プロダクト・インテリアにおすすめ
抽象の力 難しいけど近代の精神がみえます
- Qテストはどのようなことをやるのですか?
- A
次回また紹介します
「良いデザイン」は何を生んだ?
皆さんは「良いデザイン」と聞くと、どんなイメージを持ちますか?おしゃれ?美しい?使いやすい?
きっとどれも正解です。けれど──それだけで売れるとは限りません。企業の視点で考えると、デザインにはもう一つ大きな役割があります。それは「会社を生き残らせること」です。実は、日本の企業の存続率は驚くほど低いのをご存知ですか?
- 設立3年で 約35% が消える
- 10年後には たった6.3%
- 30年後には 0.025%──
つまり、どんなに良い商品を作っても、生き残るのはごくわずかなんです。なぜでしょう?
良いデザイン=売れる商品、ではないからです。「良いデザイン」を“丁寧に設計されたブランド”として継続し、社会の中で意味を持たせなければ、それは単なる見た目のよさに終わってしまうのです。だから皆さんには、今日の授業を通じて考えてほしいのです。
「良いデザインとは何か?」
「良いデザインは、本当に必要なのか?」
これは、今日の授業の最後に皆さんに問いかける質問です。ぜひ授業を受けながら、自分なりの言葉で答えを考えてみてください。あなたにとっての「良いデザイン」とは何か。それは、将来あなたがどんな仕事を生み出すかにも関わってくるはずです。
本日の目的_19世紀20世紀のデザインの定義

前回の授業では、「デザインとは何か?」「いつから生まれたのか?」という問いを投げかけたところで、あえて明確な答えは出さずに終わりました。なぜなら、それは一人ひとりの立場や視点によって答えが変わる問いだからです。
たとえば、デザイナーにとっての「良いデザイン」と、企業にとっての「良いデザイン」、そして消費者にとっての「良いデザイン」は、それぞれ意味が違います。
では、「デザイン史」とは何なのか?今回の授業では、19世紀〜20世紀のデザイン史を扱います。とはいえ、まず確認しておきたいことがあります。
デザイン史とは、「良いデザインが必要だ」と考えた人たちが記録してきた歴史です。つまりそれは、「必要だった人たち」の歴史。現代の私たち全員にとって「必要かどうか」は、また別の話なのです。
今回の授業の立場:「当時の定義」で語ります
では、何をもって「デザイン」と呼ぶのか?今回の授業では、その言葉の定義を当時(19〜20世紀)に使われていた文脈に基づいて整理しながら、デザインの動きや思想を追っていきます。たとえば産業革命後、「装飾は罪だ」と言われた時代。
あるいはバウハウスが唱えた「機能と美の融合」。そういった“その時代における「必要だったデザイン」”が、どのように生まれたのかを見ていきます。
今日の目的は、「良い/悪い」という価値判断ではなく、「なぜその時代に、そのようなデザインが生まれたのか?」を理解することです。その上で、皆さん自身が今後デザインにどう関わっていくか、自分なりの問いを持ち帰ってくれることを期待しています。
デザイン=「設計」だった時代

わたしたちが今、「デザイン」と聞いて思い浮かべるもの──それはポスターやプロダクト、ファッション、あるいはWebやアプリかもしれません。
ですが、「デザイン」という言葉が社会的な意味を持つようになったのは、実はそれほど昔のことではありません。特に“近代デザイン”と呼ばれる考え方が生まれたのは、19世紀の産業革命以降のことです。
ではその「近代デザイン」とは、何を指すのでしょうか?
今回はその原点となった「デザイン=設計」という時代から紐解いていきます。
なぜこの「設計としてのデザイン」が重要だったのか?

代以前、つまり産業革命が起こるまでの社会では、必要な道具は、必要なときに、その人自身あるいは近くの職人が“手作り”するのが当たり前でした。
家も、椅子も、道具も──生活のあらゆるものがその場でつくられていたのです。
たとえば木が豊富にある地域では木製の家具、竹が多ければ竹細工。使う素材も、つくる方法も、その土地と職人の知恵にゆだねられていました。つまり「設計書」などは存在せず、作り手の経験と慣れが“レシピ”だったのです。
ところが、産業革命以降、この状況が一変します。機械による大量生産が始まり、「誰でも・どこでも・同じものを作る」ためには、設計図が必要不可欠になってきました。つまり、モノの“設計”が先にあり、その通りに“作る”という流れです。
この時代において、デザインとは設計であるという価値観が定着していきました。完成品の見た目よりも、どう作るか・何で作るか・どれだけ効率的かが重視されるようになったのです。
こうして見てみると、近代デザインの原点は、「設計=デザイン」とする時代の価値観にあることがわかります。
- 必要な分だけ手作りしていた時代から、
- 大量に作るために“設計”が必要とされる時代へ。
そしてこの変化こそが、「デザイナー」という新しい職業の誕生へとつながっていくのです。
機械産業以前のありかた

手仕事がすべてだった時代の日用品
近代のデザインが「設計=デザイン」として確立される以前、人々はどのように道具や家具を手にしていたのでしょうか?
そのヒントは、美術史のなかにあります。16世紀の画家ピーテル・ブリューゲル(父)の絵をよく見ると、そこには、今でいう「デザインされたプロダクト」とはまったく異なる、素朴で実用本位な日用品の数々が見えてきます。
たとえば椅子。
現代のようにおしゃれなダイニングチェアではなく、ただ太めの枝を束ねて刺しただけの簡素な構造。板と棒を組み合わせて即席で作られたようなものが、生活の中で当たり前に使われていたのです。テーブルも同様で、脚に布をかぶせただけのような構造だったり、食器は木製のお盆のようなもので代用されていたりします。
これはつまり、必要になったら近所の人が作る。椅子が足りなければその場で作る。そんな、臨機応変で柔軟な「ものづくり」が、当時の“デザイン”だったということです。そこに求められていたのは、美しさや流行ではありません。
- 手に入る素材で
- 自分の体に合うサイズで
- 今、必要なもの
を作る。それが最優先でした。
デザインが「機能+美」になる前の時代

激化する機械産業

近代デザインの始まりを語るとき、避けて通れないのが産業革命です。人の手から機械へ、そして少量生産から大量生産へ──。社会全体の「作り方」が根本的に変わった時代でした。
実際に工場で働いていた人びとの生活は、今では想像もつかないような過酷さを伴っていました。
19世紀後半のスイスの風刺画には、労働者を絞ってコインを落とす資本家や、死神のような存在に追われるように工場へ向かう市民の姿が描かれています。
デザインは「誰のためのもの」になったのか?

こうして見ると、産業革命による量産システムは、大量の売れない商品を生む結果となりました。そのため選ばれるためのもの(良い商品)を求めるようになったのです。当初は、選ばれるものというのは低価格ものでした。価格をさげるため一度に大量につくる。そして余る。そんな構造になっていたのです。
じきにただ安いだけでは売れなくなると、デザインの力に注目が集まります。

新たに登場したのが、「選ばれるための仕掛け=デザイン」でした。その代表例が、1969年に登場したある製品──赤いポータブルタイプライター《ヴァレンタイン》です。
イタリアのデザイナー、エットレ・ソットサスが手がけた《ヴァレンタイン》は、ファッションアイテムのような斬新な存在感を放ちました。金属むき出しの機械的な事務機器が一変し、携帯できるおしゃれなタイプライター。この製品は何百万台と売れました。
中身は変わらない、でも売れる
興味深いのは、この製品の中身は従来のタイプライターと基本的には同じだったということです。文字を打つ、紙を送る、リボンを巻き取る──基本機能はほとんど変わらない。にもかかわらず、形や色、使うシーンを想起させる工夫によって、全く新しい「価値ある商品」に生まれ変わったのです。
企業側がおもう良いデザイン

産業革命以降、モノが大量に作られるようになると、次に問われるのは「どう売るか?」ということでした。そのとき、デザインは単なる“設計”ではなく、売れるための戦略的ツールとしての意味を持ち始めます。
デザイナーが求める良いデザイン

そのような中、デザイナーや芸術家系の立場の人々は、別の思いを抱いていました。ここでは4つの芸術運動を列挙し、彼らの奮闘をまとめています。

アーツ&クラフツ運動
産業革命で、機械によって大量にものが作られるようになった時代に、「ちょっと待って」と立ち上がった人たちがいました。
当時は、「安く、たくさん作れること」が良いことでしたが、その価値観に対して、「それって本当に美しいの?」と問いかけた人たちでした。「手で作るからこそ出せる美しさ」にもう一度目を向けようとした運動です。
ちょっと昔っぽいというか、前時代的に受け取られていたかもしれません。でもこの時代の人たちにとっては、過去を懐かしんで戻ろうとしていたわけではなくて、「このまま何でもかんでも機械に任せていいの?」という危機感があったんだと思います。
バウハウス
これは「機械の時代とうまく付き合っていこう」という立場をとった人たちの運動です。機械化は止められない、機械の力を上手く活かしたデザインを作ろうとしました。
どうすれば生活がより豊かになるかを真剣に考えた、合理性と美の共存を目指す運動だった、と言えるでしょう。
デ・ステイル
バウハウスの造形のヒントになった芸術運動です。新造形主義を抱えたオランダの芸術運動です。
「未来のかたちって、どうあるべきだろう?」という問いを出発点にしていて、抽象的でシンプルな形や色を使って、新しい美のあり方を探ろうとしました。
ロシア構成主義
ロシアで生まれた芸術運動で、グラフィックや建築、プロダクトなどいろんな分野に広がっていきました。
特徴的なのは、直線や図形を使ったシャープな構成と、強いメッセージ性です。もともとは政治的なポスターなんかにも使われていて、「伝える力」がとても重視されていました。
見やすいこと、目立つこと、印象に残ること。そういう“視覚の機能”を大切にしていて、今の広告やポスターのデザインにも影響を与えています。
まとめ
今日は、近代のデザインがどうやって生まれてきたのか、その背景や考え方の変化について、流れを追いながらお話ししてきました。
最初にあったのは、産業革命です。それまでは必要なものを手で作っていたのに、機械によって大量に作れるようになり、デザインも“設計”という意味での役割が大きくなっていきました。同じものを大量に、効率よく、どこでも作れる。それが「良い」とされた時代です。
今日の話を通して、これからみなさんが何かをデザインしていくときに、「なぜこれを作るのか?」「誰のためのものなのか?」ということを、ちょっと立ち止まって考えてもらえたら嬉しいです。