前回のおさらい
感想
がアメリカと西洋の美学やデザイン思想の違いに新鮮な驚きを感じており、バナナ作品をきっかけに現代アートへの興味が高まっていました。バナナの話は今年アドリブでしましたが、意外と興味をもっていたようでした。産業や資本主義と結びついたアメリカ独自のデザイン史に対して、実用性や合理性に新たな視点などの感想も多かったです。
- バナナアートへの関心・驚き
- 西洋とアメリカのデザイン思想の違いへの気づき
- アメリカにおける産業・資本主義とデザインの関係への理解
- インダストリアルデザインや素材(流線形、プラスチックなど)への興味
- 授業内容・小テストに対する感想や反省
質問など
- Q
プロダクトデザインとインダストリアルデザインの違いはなんですか? - A

- Qアメリカは文化がないとありましたが、多様性や自由とはまたデザインやアートとは違ってきますか?
- A
1980s以降、そのような傾向は見られます
- Q
先生はどこからアイデアとかインスピレーションを拾ってきますか?何も思いつかないときはどうしているのか気になります! - A
まずは手を動かすこと。どうしても似たりよったりな場合は調べたり、見に行ったりする
- Qバナナの作品で、バナナを貼ったのは単純に貼り付けやすいからですか?
- A
「コメディアン」という作品名のためバナナが面白い果物だからでしょうね
- Q座右の銘はありますか?
- A
時間軸を横断する
- Q小課題を受けられませんでした
- A
未提出者に関しては別途フォームを作ります
- Q先生が一番好きなアメリカンのデザインは何ですか?
- A
世界グラフィック・デザイナー名鑑 《授業内で参照しました》
シカゴ大火後の経済発展から世界恐慌まで

第6回では米国近代デザイン史の概要として、米国ならびに20世紀前半の価値観の変化についてお話しました。
今回の授業では、近代アメリカデザインの成立を「シカゴ派」「機能主義」「フォードシステム」の3つの視点からたどります。

アーツ&クラフツ運動より前の時代からさかのぼり、順調に経済発展した米国が、世界恐慌で躓いてしまうまでの範囲を整理します。右肩上がりで、生産性を重視していた頃の価値観にふれていきましょう。
1. シカゴ派:都市再建が生んだ効率的な建築

1871年、シカゴの街は大火によって壊滅的な被害を受けました。しかしこの未曾有の災害が、逆に都市の再開発を加速させ、近代建築の出発点となります。
再建の鍵となったのは、鉄骨構造を用いた高層建築。石や木の壁に頼らず、内部の骨組みで建物を支えるという発想は、それまでの建築常識を覆すものでした。そしてここで中心的な役割を果たしたのが、シカゴ派(Chicago School)と呼ばれる建築家たちのグループです。
「シカゴ窓」の登場―鉄骨構造が窓を大きくした

(右)《カーソン・ピリー・スコット百貨店》1903イリノイシカゴ設計:ルイス・サリヴァン
シカゴ派が実現した革新のひとつが、「シカゴ窓」と呼ばれる大きな横長の窓です。
これは、鉄骨構造によって壁の構造的役割が減ったことで実現可能になったもので、より多くの光を室内に取り入れるという目的に沿って設計されました。このような「目的に合った形を追求する」という姿勢が、後に語られる機能主義(Functionalism)へとつながっていきます。
ルイス・サリヴァンの名言―形態は機能に従う

ルイス・サリヴァン 1856-1924
Louis Sullivan
- シカゴ派を代表する建築家
- ミース・ファン・デル・ローエ の師
- 機能主義の創始者
- 代表建築:カーソン・ピリー・スコット百貨店
オーディトリアム・ビル
シカゴ派を代表する建築家、ルイス・サリヴァンは、のちの建築思想に決定的な影響を与えた人物です。
Form follows function(形態は機能に従う)
彼の言葉は、単なるスローガンではなく、構造や機能を優先し、無駄な装飾を避けるという設計思想を端的に示しています。この言葉はやがてバウハウスやモダニズム建築へと受け継がれ、「機能主義」の基本理念となっていきます。
2. 機能主義建築:目的と機能を最優先に

シカゴ派の登場によって「形は機能に従う」という思想が建築に根付き始めると、やがてそれは「機能主義建築」という潮流を生み出します。
この建築思想の特徴は、その名のとおり、“目的”と“機能”を最優先に考える姿勢。つまり、「この建物は何のためにあるのか?」「どう使われるのか?」という問いから設計を始め、形はその結果として導かれるべきだという考え方です。
新しい建築タイプと結びついた機能主義

この機能主義建築が最も力を発揮したのが、工場・倉庫・百貨店といった近代になって登場した新しい用途の建築物です。
これらの建物には、従来の教会や宮殿のような「荘厳さ」や「格式」は必要ありません。必要なのは、明るくて広くて効率的に使える空間。その結果、余分な装飾を排除し、構造や導線を重視する建築スタイルが求められるようになりました。

(右)《東京都庁舎第一本庁舎》1991 設計: 丹下健三
20世紀を代表する建築家・都市計画家ルイス・カーンは「機能は形態を啓示する」、また日本を代表する建築家・都市計画家 丹下健三は「美しきもののみ機能的である」と延べ、いずれも機能主義建築的ポリシーを根底に感じます。
機能主義建築の源流を考察―動物は環境が形をつくった?

ジャン=バティスト・ラマルク 1744- 1829
Jean-Baptiste Pierre Antoine de Monet, Chevalier de Lamarck
- 19世紀の著名な博物学者
- 生物学(biology)を現代の意味で初めて使った人物の1人
- 1809年著書『動物哲学』
サリヴァンの思想は、さらに生物学者ジャン=バティスト・ラマルクの進化理論にも影響を受けており、
環境の諸条件は、動物の形態や習性に影響を及ぼす
Les circonstances influent sur la forme et les habitudes des animaux.
ラマルクは、生物はその置かれた環境に応じて身体の形や行動が変化すると考えました。たとえば
- キリンの首が長くなったのは、高い木の葉を食べようと首を伸ばし続けた結果、その形態が次の世代に伝わったと解釈する(※現在の遺伝学的知見とは異なるが、当時としては革新的な発想)。
- 水中生活をする哺乳類(イルカやクジラ)の身体が、流線型になったのも、水の抵抗を減らすという環境的要請の結果である。
つまりラマルクは、「形態は、環境に適応しようとする中で生じる」という考えを説いたのです。
有機的機能主義と無機的機能主義

ルイス・サリヴァンは「機能に従う形態」という理念を唱えながらも、自然や生命のように“有機的”に成長する建築のあり方を求めた点で、有機的機能主義の先駆者と位置づけられます。
彼の建築には、植物的な装飾や曲線的なモチーフが頻出し、それは「機能から“自然に”導かれる美しさ」だと主張しています。

一方でより機能と効率を最優先し、装飾性や自然との調和といった完成的要素を排除した合理主義的アプローチもありました。言い換えれば、「冷たく」「論理的」で「工業的な」機能主義です。ミース・ファン・デル・ローエやバウハウスに継承されました。
3. フォードシステム:効率化が生んだ大量生産の仕組み

建築の世界で「機能を優先するデザイン」が展開されていた同時期、アメリカの産業界でも同様の思想が別のかたちで花開いていました。それがフォード・システムです。
1908年、ヘンリー・フォードが発売した「T型フォード」は、初めての一般大衆向け自動車として大ヒットを記録しました。その背景にあったのが、流れ作業(ベルトコンベア)による大量生産方式の導入です。
「流れ作業」という革新―ベルトコンベアで効率化

それまでの製造業は、熟練工による分担作業が中心で、製品の品質も作業者の腕に左右されるものでした。しかしフォードは、一人ひとりの作業を徹底的に単純化し、機械のように組み合わせる方式を設計しました。
- 部品の規格化(インターチェンジャブル・パーツ)
- 工場内でのベルトコンベア導入
- 工程ごとの分業
このシステムによって、自動車の製造コストは劇的に下がり、誰もが買える製品としての車が実現したのです。
日給5ドル宣言:労働と生産の仕組みも刷新
1914年、フォード社は「日給5ドル宣言」を行いました。これは、単純労働にもかかわらず、当時としては破格の待遇でした。なぜか?
流れ作業は退屈で過酷だったため、離職率が非常に高かったのです。フォードは、高い賃金で従業員を確保・定着させることで、生産の安定化と効率向上を同時に実現しました。
デザインにおける意味:効率の美学へ
フォード・システムがもたらしたのは、製造方法の革命だけではありません。この方式は、「必要最低限の機能だけを備え、無駄を省いた形が最も美しい」という、新しい価値観を人々に植え付けました。
- 見た目よりも価格と性能
- 個性よりも信頼性と量産性
- 装飾ではなく規格化された美
まさにこれは、産業界における機能主義的デザインの実践形だったと言えるでしょう。
世界恐慌へ、そして次の段階へ

このように効率化と量産化を極めていったアメリカのデザインと産業でしたが、1929年の世界恐慌によって、また新たな課題に直面します。「良いものを安く作る」だけでは足りず、「欲しいと思わせるデザイン」の必要性が生まれてくるのです。
この転換が、次回扱う「グッドデザイン運動」につながっていきます。
