2025デザイン史第12回授業概要


商業主義から機能主義へ、そしてミッドセンチュリーモダンの誕生

今回から戦後のデザイン史の変遷をたどっていきます。第二次世界大戦後の現代デザインの流れを探る本講義では、戦後のデザインがどのような変遷を辿ったのかを3つの要点から解説します。

戦後の商業主義的デザイン:アメリカ復興とポピュラックス

戦後復興とアメリカの経済成長

第二次世界大戦後、世界中が経済や都市の復興に追われる中、いち早く回復を遂げたのがアメリカでした。戦争の現場となっていなかったアメリカは、ヨーロッパと比較して比較的早く経済復興を果たしたのです。

ポピュラックス(Populuxe)の登場

この時期に発展した商業目的デザインスタイルの一つが「ポピュラックス」です。これは「ポピュリズム(populism)」と「ラグジュアリー(luxury)」を組み合わせた造語で、大衆が憧れる大胆な装飾 が特徴的でした。

トーマス・ハインの1986年の著作『ポピュラックス』から生まれたこの概念は、消費主義を重視し、未来を予見する華やかなデザインを表現しています。例ジェット機やロケットをイメージしたスタイリングが施された高級車は、ポピュリズムに向けたラグジュアリーな消費を目的としたデザインが流行しました。

この時代の特徴はカラフルで「売れれば良い」という商業主義的な方針にありました。1953年にできたマクドナルドの様式は、グーギー建築という未来派建築の一様式で、特徴的な黄色いアーチ上のラインは、後にマクドナルドのMロゴマークの原型となりました。

最古のマクドナルド店舗(1953年建設・カリフォルニア州ダウニー)
グーギー建築(Googie architecture)
未来派建築のいち様式。自動車文化、ジェット、宇宙時代などに影響をうけている。
特に商業建築にみられる様式で、消費活動を促進する
1945-70s前半ごろまで広く用いられていた。
グーギーの名前の由来になった「グーギーズコーヒーショップ」

レイモンド・ローウィの功績

当時のスタイリングを多用したデザイナーとして注目すべき人物が、アメリカのインダストリアルデザイナー、レイモンド・ローウィです。彼は著作『口紅から機関車まで』でも知られ、コカ・コーラの瓶やピースのタバコパッケージなど、特徴的なロケット形状を彷彿とさせるビジュアルや真っ赤なパッケージをデザインしました。

ローウィが提唱した重要な概念が「MAYA(Most Advanced Yet Acceptable)」です。これは「最も進歩的でありながら、受け入れられるもの」という意味で、人は驚きを与えられたい一方で心地よさを好むという普遍的な理論です。これは現代の行動経済学にも通じる考え方で、AppleのiPhoneの成功時にもよく引用される理論となっています。

アメリカンポップアートの風刺

この時代の大衆消費文化を象徴するのがアメリカンポップアートです。アンディ・ウォーホルのマリリン・モンローを題材にした作品は、どこのテレビチャンネルを回しても、どこの雑誌を開いても必ずマリリン・モンローがいるという状況を表現しています。

これらの作品は、マリリン・モンローが何千、何万の大衆に大量消費されている状況を象徴し、大衆芸術がさまざまなものを駆逐している状態を風刺的に表現したものでした。この時代のアメリカのデザインやポップアートは、大衆消費の活発化を皮肉的に捉えるという特徴を持っていました。

戦後の機能主義的デザイン:グッドデザイン運動

商業主義への反発

ポピュラックスやスタイリングのような商業主義的デザインに対する反発として生まれたのが、機能主義的デザインです。これは商業主義的デザインに対抗する形で登場しました。

グッドデザイン運動

この動きの中心となったのがグッドデザイン運動です。これはスタイリング重視のデザインではなく、機能や素材に合わせた形に力を注ぐデザイン様式でした。

商業主義的デザインが購買意欲を刺激する形を重視したのに対し、機能主義的デザインは機能性や使いやすさ、美しさを兼ね備えたものを追求しました。

この運動を牽引したのがニューヨーク近代美術館(MoMA)です。MoMAは「デザインが単なる装飾ではなく、機能性と使いやすさ、美しさを兼ね備えたものであるべき」と主張し、「グッドデザイン展」を開催しました。

グッドデザイン運動の根幹には「いいデザインは社会を良くする」という理念がありました。

デザイナーズチェアの誕生

この時期、現在「デザイナーズチェア」と呼ばれる作品が数多く生まれました。バウハウスの時代にもコルビジェのソファーなどがありましたが、1950年代のアメリカでも多くの興味深い作品が登場しています。

特に注目すべきはイームズ夫妻の作品です。彼らが制作した「ラ・シェーズ」は、建築に合う家具として設計され、空間全体をトータルでデザインするというアプローチを取っていました。これは茶道の感覚やバウハウスの理念にも通じる、建築を軸として、その建築に似合う家具を全て揃えるトータルコーディネートの考え方です。

ラ・シェーズは、彫刻家ガストン・ラシェーズの作品「フローティングフィギュア」を模してデザインされており、20世紀前半を象徴する「座り心地が良く、機能的に満たされ、見ていて心地良い」という理念を体現していました。

椅子デザインの歴史的変遷

デザインの歴史における椅子の変遷を整理すると:

  • 古典時代:基本的に貴族のみが使用する豪華な装飾を施した王座など
  • アーツアンドクラフツ運動:この伝統的な装飾から着想を得たデザイン
  • モダニズム:バウハウスやデ・ステイルなどが近代建築に沿う椅子を制作、装飾からの脱却を図るも座りづらさという問題も
  • ミッドセンチュリーモダン:家具が空間の質を決定するという考え方で、装飾を排除しながらもオブジェ的価値を持つ空間展示としての椅子

3. ミッドセンチュリーモダンの特徴

ミッドセンチュリーモダンは、文字通り20世紀の真ん中(1945年の第二次世界大戦後から1970年代頃まで)に欧米で起こったデザイン動向の総称です。

ウルム造形大学の革新的教育


ウルム造形大学(HfG Ulm)は、1953年にドイツのウルム市に設立された革新的な教育機関です。バウハウスの教育理念を継承し、初代校長にはバウハウス出身のマックス・ビルが就任しました。

同大学の特筆すべき点は「インテグラルデザイン」という教育理念です。これはデザインを単なる美的要素としてではなく、科学、技術、社会学、経済学などの多様な分野と統合するアプローチを意味します。デザインは社会全体に影響を与えるものとして捉え、広域な知識と技術が求められました。

ウルム造形大学は、ブラウン社との共同チームによる「SK-4」レコードプレーヤーなどの名作を生み出し、バウハウスの理念を現代に継承する重要な役割を果たしました。

北欧デザインの国際的評価

この時代には北欧デザインも国際的な評価を得ました。現在でもIKEAなどの北欧ブランドに触れる機会がありますが、グッドデザイン運動で北欧のデザインが数多く採用されたのもこの時期の特徴です。

アルヴァ・アールトのパイミオチェア

フィンランドの建築家アルヴァ・アールトが1932年にデザインした「パイミオチェア」は、パイミオのサナトリウム(結核療養所)のプロジェクトのために制作された名作です。

このチェアは患者の身体と心を癒すという明確な目的を持って設計されており、バーチ材の合板を使用した有機的なフォルムが特徴的です。合板を使った椅子の先駆けとしても重要な存在で、アールトの傑作の一つとされています。

アルネ・ヤコブセンのエッグチェア

デンマークの建築家アルネ・ヤコブセンが1958年にデザインした「エッグチェア」は、コペンハーゲンのSASロイヤルホテルの設計プロジェクトの一環として生まれました。

卵のような形状が特徴的なこのチェアは、左右を囲まれたフォルムがプライバシーな空間を生み出し、まるで自分の部屋にいるような感覚を演出します。ホテルなどの公共空間において、個人的な空間を確保するという優れたデザイン思想を体現した作品として、今なおミッドセンチュリーデザインの象徴とされています。

まとめ

戦後のデザインは、アメリカの経済復興を背景とした商業主義的なポピュラックスから始まり、それに対する反発としての機能主義的なグッドデザイン運動を経て、最終的にミッドセンチュリーモダンという統合的なデザイン動向へと発展しました。

この時代の特徴は、デザインが社会全体に影響を与えるものとして認識され、多様な分野との統合が図られた点にあります。単なる装飾や商業的効果だけでなく、機能性、美しさ、社会性を兼ね備えたデザインが追求され、現代のデザイン理念の基礎が築かれた重要な時代だったのです。

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