前回のおさらい
感想
アメリカにおけるデザインの発展を通じて、レイモンド・ローウィの思想やMAYA原理、ポピュラックスのような商業的デザインの特徴について学びました。多くの学生が「驚きと安心感のバランス」の重要性に共感し、身近な製品や広告、映画などを通してデザインの力を実感していました。また、北欧やヨーロッパのデザインとの比較を通して、多様な価値観と美意識があることを理解し、機能と見た目の両立を目指すデザインの奥深さを感じたという声も多く見られました。
・レイモンド・ローウィの思想とMAYA原理
・商業主義的デザインとポピュラックス
・デザインと機能の関係
・北欧・ヨーロッパとアメリカのデザイン比較
・印象的だったデザイン・エピソード
質問
ポストモダンとは?──③時代・背景・特徴を整理

今回はポストモダンについて突入していきます。
これまでデザイン史で要約してきた「モダニズム―近代主義」から逸脱した時代に迫っていきたいと思います。

全体の構図をまとめます。古典芸術から近代主義には本当に劇的な変化がありました。
かつての芸術は、神や王、そして絶対的な価値を体現するものであり、絵画や建築はその権威を支える手段でもありました。たとえば、宗教画に描かれるマリアや聖人たちは、ただの人物ではなく「崇拝の対象」であり、その構図や技法には厳密な規則がありました。建築もまた同様で、大聖堂や宮殿は、その時代の権力や信仰の象徴として、人間が触れることのない「神聖さ」を感じさせるものでした。
ところが、19世紀以降、産業革命を契機にこの構図が崩れていきます。
機械による大量生産、都市化、科学の発展、そして人間中心主義の台頭。これらが連動する形で、「美の基準」も大きく揺らぎ始めました。こうして生まれたのが、近代主義(モダニズム)です。
しかし、20世紀後半に入ると、この近代主義そのものへの疑問が浮上します。
効率、機能、普遍性――こうした価値が、必ずしも人々の心を豊かにするわけではない。そうした批判の中から生まれたのが、ポストモダン(脱近代主義)です。
ポストモダンは、単なる「反モダン」ではありません。それは、「大きな物語」から解き放たれた、人それぞれの視点、背景、文化が並立する世界の姿でもあります。

ポストモダニズム建築を提唱したチャールズ・ジェンクスは、プリュ―イット=アイゴーの解体を「モダニズムの終焉」と定義しました。戦後の制作で作られたモダニズム建築の集合住宅でしたが、様々な要因の複合により解体してしまいます。「ポストモダン」という言葉は60年代から囁かれていましたが、この出来事が象徴的に残りました。
ポストモダンとは、個人の生活を豊かにする考え方
モダニズム建築が美しくても冷たく、個性を抑圧していると批判し、「ゆとりや遊び心こそが、人間の生活を豊かにする」と述べました。

プロダクトの分野では、効率ばかりを求めていた時代が終わりを迎えます。「大きな物語」をプロダクトデザインに置き換えると、誰もが等しく良いものをするのではなく、人それぞれの視点、背景、文化が並立する世界の姿を表現しました。

ポストモダンの名建築といえば、AT&Tビル(現在のソニービルディング)です。
それまでの時代の建築の主流といえば、鉄筋コンクリートでできたため大きなガラス窓が実現していました。高層ビルと大きなガラス窓は技術革新の象徴とも呼べる時代でした。NYのリーバ・ハウスはまさに大きなガラス窓が設置された建築物です。さらに無駄のない形をしています。しかしAT&T社が新社屋を建築する際、それとは異なる方針で設計しました。


AT&Tビルの上部は、機能主義建築やシカゴ派建築では見られなかった三角屋根が採用されています。これはむしろ古典的な芸術様式との類似点が見られるのです。

さらにエントランスには、19世紀ミラノのガレリアのような印象を受けます。これらを用いることで、AT&Tビルを設計したフィリップ・ジョンソンは、新しい時代の建築を提案したのでした。

NYという土地は、元々は西洋建築(文化)を継承して完成されています。彼が目指した新しい建築とは、NYらしい建築のことを指しており、とどのつまり西洋建築の要素を取り入れることと解答したのでした。

建築でいえば、熊健吾による《M2ビル》のように、モダニズムの直線的・合理的構造に加えて、歴史的な装飾や和の意匠を意図的に混在させたような建築が現れます。ポストモダンでは、過去と現在、機能と象徴がカオス的に融合し、それがむしろ人間らしさを象徴するようになります。